笛のきらいな殿様 (小倉)(おぐら)20
まつりばやしに、笛やたいこはつきものやが、笛が入らない、かなしい若宮神社のはなしなんじゃ。君たちはきっと「なぜ、笛が入らないのですか」と聞くだろう、「これには悲しいロマンがあるのじゃよ、まあ、そこにすわって聞きなされ」。
むかし、むかし、小倉の村をおさめた、お城があのこんもり茂ったあの山で
真迫 (201.7b)と呼び、城ケ尾 というのじゃ。山頂 は、あんまり広くはないが平でおねは3ツ、4ツにわかれとるところじゃ。はなしは、戦国 時代のころでの、小倉をおさめとった、この殿様は、たいへんやさしく、村人からは「よい殿様じゃ」としてしたしまれていたのじゃ、このあたりは、切りたった急な山で、山城 には、良い場所じゃった。あるとき、わかさの方の殿様や京の都の武将 らが、このお城ほしさにせめてきて山をとりかこんだのじゃった。
じゃが、このけわしい山のかたちから、いく日も、いく日もかけてせめたんじゃ。せめても、せめても、いっこうにお城はおちんかったのじゃ。一ケ月をすぎても、どんなにこうげきをかけても、すべてしっぱいにおわったったのじゃ。ちょうど、これよりむかしのたいしょうのお城に、にていて、がんじょうだったのじゃ。てきは、ついに夜討 をすることになり、夜になって四方からせめ登ったのじゃ。月のない星空の夜だった。山の中までたどりついたが、そこからは一歩たりとも上に進むことができない急な坂道での、これという回り道もなかったのじゃ。どうせめたらよいか、はたと困ってしもうた。たいまつをたけば、城方にわかってしまう。
そして、山城の方では、長くおしろにとじこもるったのて食料も水も、あと一日分となっていたのじゃ。そこで、明日は山をつたって溝尻城 の方へいこうと、みんなで最後の食事をすることにしたのじゃ。その宴 も終りに近くなったとき、奥方と姫が、この城を離 れる前に一度だけ笛を吹きたいといいだしたのじゃ。そうすると、みんなも奥方と姫のすばらしい笛を聞きたいと望 んだのじゃ。笛は、まるで生きているかように、さびしくかなしく、またうれしさ一杯に夜のとばりの中で、心よく響 きわたったのじゃ。
敵方 が早く攻 なくてはと思ったとき、山頂の方からかすかに、むせび泣くような笛の音が聞えてきたのじゃ、侍大将 が「しめた」と言い、全員に「この笛の音をたよりに登っていけば城にたどりつける。」と、攻撃開始 のかけ声をかけてのじゃ。静かに登る兵士 たちの耳に、心よい笛の音が響いたのじゃ。ほんとにすばらしい音色だったのじゃ。敵方は笛の音の方へと進んだ。すんでいて、悲しさをふくんだ音。あかりのある城には人影が映っていたのじゃ。寄せ手はしばらく耳をすませて聞き入って涙、するものもいたのじゃ。
ひとくぎり笛の音はとまった。敵方は一斉 に城に攻めこんだのじゃ。もとより小さな城のこと、守り手の少ない人たちでは、ふせぎようもなく、たちまち落城したのじゃ。城主や奥方は屋根づたいに城を脱出 したが、千原までたどりついたところで、あえない最後をとげたのじゃ。悲しい死をとげた城主のやさしさに村人は若宮神社にこれを祭ったのじはゃ。
この後、社前で笛を吹く者は一人もなかった。