洞窟の蛇(どうくつのへび)33下福井

 喜多の山奥に建部城たてべじょうがあり一色氏が城主【室町時代】でいたころの話だが、中腹に屏風びょうぶ岩といって、そそりたった岩があった。
その下の方に、ほら穴があり何者かが住んでいたようだ。

 ある日のこと村の若者が、樒しきみを取るのに建部山に登っていた。屏風岩あたりに、蛇が時たま出てくる。紅にねずみ色のしま模様蛇。かわいいしぐさにその若者はじっと見ていた。三、四匹はいただろう。しばらくじゃれるようにしていたが、体をくねらせながら、びょうぶ岩の方に消えてしまった。若者は又、樒を取ってかごに入れていた。腰が痛くなったので、体をおこしぐっと背のびをした。

 すると、屏風岩の方に美しき女の人がこちらをじっと見つめている。このあたりで見たことのない美しき人で、紅の着物をきている。若者には今だに嫁がいない。夢ではないかと目をこすってみるが、女はじっとこちらを見ている。若者はおそるおそるそちらの方に登っていった。女の人は、にっこりと笑ったと思ったら、屏風岩のどうくつの中に入っていった。

 若者はいそいで、どうくつの方に登っていった。どうくつの中を見ると、ただ暗くて人の居る様子もない、若者はきみ悪くなって下におり、樒を入れたかごを背おって家にかえった。家に帰ったが、若者はあの美しさ女のことが忘れられず、その夜は夕ごはんも食べず寝てしまった。

 あくる日村の人に昨日あったことを話した。しかし、そんなことはうそだと、だれもが信用しない、また、たぬきにでもばかされたのだと言うだけだった。若者は気になりながらも、畑仕事で山に行くことができなかった。山の屏風岩の方を何回もながめた。そのたびに美しい髪かみの長い女の姿が目にうつった。しばらくして、村人の間で屏風岩のどうくつに誰か住んでいるといううわさが広がった。

 大男が入るのをみた、美しい女が入るのをみた、白髪のおじいさんが入るのを見たと、見る人によってちがった。若者は夜もろくに寝むれなかった。
お日さんが建部山におちる頃、西の空は夕焼けであった。樒をとった所に行くと、又蛇が三匹ほどたわむれていた。しばらくすると屏風岩の方にいってしまった。
若者はそのあとを追うようにして草をわけて登った。蛇はびょうぶ岩のどうくつの中に入ってしまった。

 若者はどうくつにつくと、中をのぞいた。暗い中にはたるの火のように小さいあかりがいくつも光っている。若者は思わず勇気をふるい起して中に入った。
すると光はだんだん奥の方に入っていく、その光を追って進んだ。ぽとりぽとりと岩からしずくが落ちる。まがりくねった穴は続く、少し寒くなった。足もとに水があるのか、ぴちゃぴちゃ音がする。小さい光のむれは、まだ先を行く。裏をふり返ると、ボーッと入口の光が見える。だいぶ中に入ったのだろう、光はまだつづく。

村人たちは、若者が山に登っていくのを見たものはあったが、その後、若者の姿を見たものはなかった。しかし、シキミ取りやしばかりにいった人の話では、屏風岩のところのどうくつから、大きな三bもあるような蛇が二匹体をくねらせ、ひっついて出てくるのを見たという人がある。一方は黒じまで、もう一方は紅じまであるという。それからというものは、あのどうくつにはいると蛇になるちいって近ずくものはなかった。

一言

天正6年【1578年】一色義道、細川藤孝の軍勢に攻められ、山中で敗死
藤津念仏峠付近に一色義道首塚・刑場跡