《能勢富蔵》
明治28−33年 福知山町呉服町
明覚寺本堂は市次郎が明治28年請負ましたが、明治30年に没した為、富蔵が継承して完成させました。
その後の富蔵のおもな仕事
明治28−35年 福知山町中ノ
成徳寺前住職の話によれば、明治28年頃着工したものの、明治29年の水害の為用材流失し、工事を一時中断その後用材集めに奔走し明治35年ようやく完成したとのことです。
明治31年 福知山町中ノ
大正3年 福知山町堀
昭和3年 何鹿郡志賀郷村
大正5年 福知山町寺町
大正6年 福知山町前田
大正8年 綾部町相生
大正11年 福知山町長田
大正14年 加佐郡南有路
大正3年 福知山町堀
その後富蔵の長男輿重郎が仕事をひきつぎます。