《能勢輿重郎良孝》
富蔵の長男輿重郎は若い頃いろいろ無茶をしたようです。明治28年の生まれですが、惇明小学校高等科卒業の際、国鉄機関区の機関助手を志願、合格したものの採用通知が届くのがなぜか遅れ、不合格と思い込んで家出をしてしまったのだそうです。よほど家業を継ぐのがいやだったのでしょうか。
その後京都でディーゼルエンジンの製作所に入ったりしていたようですが、結局家出したまま大工となり10年近くたってから家にもどったそうです。
この人はずいぶんとたくさんの社寺を手がけました。
昭和2−3年 加佐郡河守上村
請負金額 \16,800円
昭和6年 輿謝郡宮津町
昭和9年 福知山町堀
昭和31年 氷上郡市島町
昭和43年 氷上郡春日町
昭和48年 福知山市内記
このほか48社18寺を設計施工しています。