●宮津藩主命名 樹齢四百年の名木       

含紅桜は江戸時代初期の延宝四年(1676)に宮津藩主であった永井尚長が命名した
桜で、ヤマザクラの仲間ではないかと分類されていますが、枝は美しく垂れさがり、開
花後日を重ねると共に薄紅色に変化してゆき、やがて艶やかな桜吹雪を散らせます。 
尚長侯は山王宮の地をこよなく愛し、神域やその周辺に十六の景勝を定めてその各々の
詩を作っていますが、この桜はその当時すでに見事な花を咲かせ、藩主はこれを含紅桜
と名付けました。やわらかな紅色に染まる桜の意でしょうか・・その美しさは漢詩の中
でつぎのように称えられています。                       





●樹木医による蘇生事業が始まりました

藩主の詩から三百有余年の時が過ぎる中、含紅桜は城下町宮津の変遷を静かに見守りな
がら朽ち老いてゆき、大きな幹も今や皮だけとなってしまいました。しかし春爛漫には
その名のとおり、薄紅色の花弁に若芽を重ねて当時の藩主の想いを今の世に伝えてくれ
ます。                                    

京都府緑化センターでは数年前からこの桜の二世作りをおこなっています。現在二本の
苗木(クローン)が順調に育ち、近く神社に戻される予定となっています。また、桜本
体を守るために平成十八年より樹木医による蘇生事業が始まりました。含紅桜を守る会
が結成され「京都府緑と文化の基金」の補助を受けて、不定根再生や土壌改良が三年間
をかけて続けられます。昔も今も、多くの方々に見守られながら宮津の桜の名木として
含紅桜は美しい花を開き続けています。                     

●宮津市が天然記念物に指定

平成十九年三月、宮津市は境内の大サザンカと共に含紅桜を天然記念物として文化財に
指定しました。「宮津の歴史を伝える偉観・貴重な老樹」として評価されています。 




散り際、紅色に染まってゆく含紅桜




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