宮津の平安を祈るため山王宮のみこしは城下をく まなく巡幸していました。本町から御城内を通り 波路へ。外側から京口、京街道、柳縄手へと続く 神幸は宮津祭の意味を伝える大切な神事です。 |
城下町宮津が形作られる以前から続けられてきた 山王祭。江戸時代には藩祭とされていました。 宮津祭の名は藩祭・山王祭の別称で武士や宮津各 町の町衆が春の山王祭に参加したために名付けら れたものです。みこしは山王宮から対岸の波路ま で巡り宮津全町の平安が祈り続けられています。 トップページへもどる |
![]() 山王祭と共に成熟した浮太鼓は宮津市の無形文化 財。漁師町によって守り続けられています。 みこしと一体となったその動きは宮津祭の華とも 言え、勇壮で潔く、いなせな伝統行事です。 |
![]() 浮太鼓の重低音の中で石段を登るみこし。そして 暗闇の中で神が神殿に戻られる様は私たちが普段 忘れていたものを思い出させてくれます。充実感 と感動を誰もが覚える時。それが還御の儀です。 |
町中を清める太神楽。山王宮では江戸中期には既 に舞われていました。現在八町の青年が山王宮神 楽舞を修得し、毎年輪番で三日に亘る清めの儀式 を務めます。 |
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●山王祭のみこし巡幸はどなたでも参加できます。参加要項は神社へ問い合わせ下さい。 |