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映画「薔薇の名前」

 

久しぶりに、「薔薇の名前」、「将軍たちの夜」、「アラビアのロレンス(完全無削除版)の3本の映画を見た。いずれも当時話題になったものばかりであるが、特に「薔薇の名前」はボローニャ大学の名だたる記号論学者のウンベルト・エーコの小説をジャン=ジャック・アーノ監督が映画化したもので、どこをとっても恐ろしく、また、おぞましい狂気が描かれている。そんな折り、ピアノを弾き、ヨーガや気功にもくわしい友人から便りがあって、そこにこんな事が書かれてあった。「僕はヨーガをしている人がとても好きで、そして、とても嫌いです。」「この20年、アーサナというものを、ポーズと呼んで体操してきたのです。身体にいいという事は誰にだってわかりますから、。。。(中略)。。。でも、強い意志と高い知性が2つとも備わっていないと、ポーズすら習慣に堕してしまうこともわかってきました。」 もう十年以上も昔のこの映画は、当時の冊子(左の写真参照。"Cinema square Magazine" No.56)によると「これは原作ともども日本のインテリの喉に突きつけられた”知の剣”といえるかもしれない」(中井英夫氏)と評されている。この映画を見て感じるのは、全編を覆う混迷と恐怖と不気味さ、そして残酷さである。それは世紀末の今の時代性とも符合するし、もっと重要なのは、いつの時代でも、一歩間違えばそうなる、少しも変わらない人間の心の恐ろしさの表現でもある。しかも、おどろおどろしいこの映画で、最も私の関心をひいたのは、「異端審問」や「魔女狩り」であった。その舞台となった中世の1327年頃は、中沢新一氏(上記の冊子)によれば、「まだ、なにが正統でなにが異端なのか、ヨーロッパの知性たちは、まさに修道院を舞台にして、はげしい、文字どおりいのちをかけた探求と論争をつづけていた。あらゆるものが流動的で、独創的なアイディアがいたるところにわきたち、なにもかもがその根っこから問いかえされていた。」そういう時代なのである。教皇ヨハネス22世の命を受けて異端審問官を務めた実在の人物、ベルナール・ギュイを演ずるのは、モーツアルト毒殺説を描いた映画「アマデウス」でサリエリを演じたF・マーリー・エイブラハムである。アーノ監督が「世界最良の悪役」と折り紙をつけたそうであるが、ブロードウエイなどで活躍するこの舞台俳優の、「ベルナール・ギュイ人物像」に関するインタビューがある。彼は「悪と戦う一面と、自分自身が悪の権化と化する(拷問にかけて異端と認めさせ、火あぶりの刑にしてしまう)2面性」を「1つの極めて重要な類似物」(つまり、紙一重の表と裏)として持ち、(こういう)「指導的な聖職者は誰でもみな、ある意味では政治家、たいていはかなり腐敗した政治家で。。。なにも中世だけにあてはまるわけではなく。。。こういう男たちは、善の名においてはなはだ多くの悪事をしでかしている。」と言っている。(サーヒー著「映画・バラの名前」) この映画を正視して感じる凄さと怖さは、「何よりも人間=<怪物>に関する映画」(上記の同冊子、荒俣 宏氏)だからである。描かれる人間は、いくら議論したところで、永久に、なにが正統でなにが異端かがさだかでない状況の中で、中世の修道士という姿をとった怪物として我々の前にあらわれる。荒俣 宏氏によれば、「みえないものをみえるようにしたもの」という、うまい表現をしておられる。みえない「人間の心」がみえるように映像化されているから、それは実に恐ろしい。「心」とは、これほど醜く、汚らわしく、恐ろしいものであると我々に突きつけられる。その典型の人物が異端審問官のベルナール・ギュイと盲目の文書館長ブルゴスのホルヘである。(ホルヘについては、次号以降で述べる。) そして、この映画の原作「薔薇の名前」は、次のような「ヨハネによる福音書」の引用から始まる。 「はじめに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。」 これをどう解釈するか、それこそこの映画「薔薇の名前」の謎解きに挑戦するのと同じくらい興味をひくが、私の友人が指摘した「強い意志と高い知性の2つともが備わっていないと」人間の心そのものにアクセスすることはできず、従って人間=<怪物>を理解することはできない。また、彼の言う「好き」な人と、「嫌いな」人とは、どこで分かれるのか、これも明らかにはならない。

(C) T.Mashimo 1999

 
 

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