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第10回「インド文化とヨーガ」(三木市での講演要旨)

背後のスクリーンをご覧になりながらお聞きください。私は過去4回インドに行っています。今年も1月にニューデリーに行き、10日間ほど滞在いたしました。初めてインドへ行ったのは1998年です。この時は、カルカッタからお釈迦さまが説法をされたベナレス近郊のサールナートや、世界遺産のタージマハールがあるアーグラにも行きました。タージマハールは、おそらく、人類が建てた最も美しい建造物といえるでしょう。一度は見られることをお勧めしますが、ラジニーシが書いている「わが愛するインド」という本があります。そこに

「インドは貧しいし、差し出せるものは何もない。だが、敏感な人々にとっては地球上で最も豊かな場所だ。しかし、その豊かさとは内面のものだ。少しでも瞑想的な心を持ってこの国を訪れる人はそのバイブレーションに触れることができる。ただの旅行者として来れば、それを逃すことになる。崩れ落ちた建物、宮殿、タージマハール、寺院、カジュラホ、ヒマラヤ、こういったものを見ることはできても、インドを見ることはできない。」(スワミ・P・プンジャ訳)

と書いています。この言葉がインドのすべてを表わしています。
 
 さて、ガンガー(ガンジス河)は「最も聖なる川」、また、南インド、ティルヴァンナマライのアルナーチャラは、「炎のように輝く(アルナ)智恵、アチャラ(山)」という意味ですが、インドの人たちは話をする時に、よく川や海を譬えに出します。川や海は水が流れる時に、泡が出たり渦を巻いたりします。われわれの日常生活はちょうど、その表面に生じる泡や渦に似ていて刻々変化します。しかし、川や海の底は変わりません。永遠に変わらないことの譬えが川や海なのです。1999年に訪れた南インド、アルナーチャラの聖者マハリシは17歳の時に死の体験をしました。そして、肉体は滅びても不滅の何かが残っていると感じました。

 これから、ヨーガについてインドの人々と関連付けてお話ししますが、みなさんがヨーガという言葉から連想、あるいはイメージされることは、一種のアクロバット的なポーズではないかと思います。あるいは、このスライドの私の写真に見られるように「世界の心臓」と言われるアルナーチャラ山の中腹で蓮華坐を組んでいる風景ではないでしょうか。下に見えるのはアルナーチャレシュワラ寺院といい、東西南北に神々の像がはめ込まれた高さ80m位の巨大な塔があります。このように大きな寺を見下ろしながら坐を組む姿をイメージされ、これがヨーガだと考えておられるのではないでしょうか。 ところが、「ヨーガ」とは、この写真のような「ハタ・ヨーガ」とは別の事柄です。ヨーガ・スートラという経典に書いてありますが、「ヨーガハ・チッタ・ブリッティ・ニローダハ」といって、「ヨーガとは、心の波が静まること」なのです。これは先ほどお話ししました川や海の泡や渦が消えて、海や川と一体になることと同じです。一方、ヨーガへの途はいろいろありますが、その一つが「ハタ・ヨーガ」です。それは、身体との架け橋である呼吸に合わせてゆっくりと身体を操作して心の波が静まることです。みなさんは私の話を聞かれて、ヨーガに対するイメージが変わってくるかもしれません。

 では、ヨーガの目的は何でしょうか。古代のインド人の生き方が背景にあります。まず、4つのヴァルナというものがありました。みなさんにはカーストといった方が分かり易いかもしれません。後に身分制度のようなものになりましたが、もともとはそうではありませんでした。ただ、民主主義とは異なりますが、インドでは人間はたったひとつしかない宇宙意識から生まれ、みなさんの顔形や指紋が一人一人異なるように、平等には生まれてこないとされました。リグ・ヴェーダという古い書物に書かれていますが、ヴァルナとは、宇宙意識(プルシャ)と言われるものの人への意識の顕れ方であって、プルシャの口から生まれたのがバラモン、両腕から生まれたものクシャトリア、両腿から生まれたものがヴァイシャ、両足から生まれたものがシュードラとされました。一つの職業的な区分のようでもありますが、肉体的、身体的な必要が満たされればそれでよしという生き方や奉仕者がシュードラ、物質的、金銭的な欲求の強い生き方の食料生産者や商人がヴァイシャ、名誉、権力に強い執着のある生き方の支配者や保護者がクシャトリア、そして優れた知的能力がありながら金銭欲や権力欲は全くなく、質素な生き方の精神的な指導者がバラモンと呼ばれたのです。

 しかし、これは差別をするということではなく、意識の表れ方の違いを示しています。人々は自分に向いている仕事に進んでいきました。シュードラを除く3つの階級の人々は、人生を100年としてこれを25年ずつの四つに分け、それぞれの時期を生きました。それが四住期と言われるものです。それらは、社会の一員として必要な知識や技術を習得したり、善良な人間になるための準備期間である「学生期(がくしょうき)」、結婚して家族を支える家庭生活の期間である「家住期(かじゅうき)」、家族の責任から離れて自己学習を続け、一方で師から学んだ教えを若い世代にも伝えてゆく「林住期(りんじゅうき)」、そして、世俗的な執着からは離れ、人生で得た多くの知識を伝え広めてゆく「遊行期(ゆぎょうき)」です。
 
 ヨーガの目的の背景をインドの人々との関連でお話しいたしましたが、私たちにも毎日一度は心静かな時が訪れます。それは夢をみないで熟眠している時です。この時、「私」は姿を消します。目が覚めると「私」と「誰か」(人)とか、「私」と「何か」(もの)との関係が始まり、本来「ひとつ」の絶対的な幸福・平安であった状態からの分離(ヴィヨーガ)が起こります。すべてのことが、「私」や「私の」の状態では必ず幸・不幸が生じます。いわゆるお釈迦さまのおっしゃった生・老・病・死がそれです。ヴィヨーガ(分離)した状態を再び結合する、これをヨーガのもとの語源で「ユッジュ」と言います。そのためには、心の波(泡や渦)を静めて川や海と一体になる、これがヨーガです。名前と形のある外の世界は、心が映し出した仮の姿に過ぎません。従って、この絶対的な幸福や平安は、仮の姿である外の世界をいくら探してもなく、あなた方ひとりひとりの内側にあります。そのことに気づいていただく体験がこれからみなさんと一緒に実践する「アーナーパーナ・サティ」(釈尊の呼吸法)にもとづく「ハタ・ヨーガ」です。

 ヨーガに至る途はいろいろとあり、例えば、明日から呼吸のための空気に1日あたり1億円の請求がきたら、私たちには到底払えませんが、そういった私たちの背後にある大きな力に感謝をしても(バクティ・ヨーガ)、あるいは、同じ人でありながら父、夫、社長、地域の世話役など刻々と名前が変わりますが、その役割を、成果を求めずにただ淡々とこなしてもよいのです。(カルマ・ヨーガ)また、南インドのラマナ・マハリシのように、「コーハン(カ・アハン)」(私とは誰か?)と言って「私」という想念の出所を探求した人もあります。これは「ジュニャーナ・ヨーガ」というヨーガの途です。

 これから体験していただく「アーナーパーナ・サティ」(釈尊の呼吸法)にもとづく「ハタ・ヨーガ」という途では、身体との架け橋である呼吸のうち、特に「吐く息」に留意して十分に身体を緩め、リラックスさせてゆくことによって比較的短時間に心が静まってゆきます。みなさんがヨーガという言葉から今までにイメージされたようなむづかしいアーサナは不要です。見た目に美しいからと言って必ずしもヨーガを達成しているかは分かりません。自らをよく観察することによって、誰でも、ヴィヨーガ(分離)ではなく、「サット・チット・アーナンダ」と言われる絶対的な平安・幸福な存在と一体になれる(ユッジュ・ヨーガ)大きな力は、呼吸のための空気の存在と同じで、「恩寵」としかいいようのないものです。そういった「恩寵」に感謝することこそ最も大切なことです。ご静聴ありがとうございました。

講演:「インド文化とヨーガ」(講演サマリー)
      〜於・三木市・国際交流センター(10月4日)

(C) Takayoshi Mashimo December 4, 2008


 


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