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書籍の紹介
- 「沈黙の聖者」〜ラマナ・マハリシ〜その生涯と教え」
(シュリ・ラマナシュラマム/柳田 侃監訳)
(出帆新社、2,800円)
「沈黙の聖者」〜ラマナ・マハリシ〜その生涯と教え」は、「BHAGAVAN
SRI RAMANA 〜Pictorial Biography」(左の写真参照)の邦訳である。 原著はA4版で、本書とは表紙の写真も若干異なるが、バンガロール出身の写真家ウエリング氏による顔写真ほど素晴らしいものはない。しかし、ラマナ・マンディラムに掲げてある、彼が「死の体験」をした17歳の時の顔や、後の顔もそれぞれ異なっていて人により好みもわかれるであろう。
「ザ・マウンテン・パス」の編集者で来日も予定されていたガネーシャン氏の序文がこの本のすべてを物語っている。それは「賢者の生きざま」で、アシュラムを訪れてもまさにシュリ・バガヴァンの存在を感じられ、そこは沈黙と静謐が漂っていた。
この書の第3章は、「魂の故郷への旅」という訳がついているが原著では、The Journey Homeである。
生誕の地、ティルチュリからマドライの叔父の家へ移り、その2階で「死の体験」をし、焼かれて灰になってしまう肉体の身体とは別に、機能している(それとを見ている誰か)別の存在に気づく。この書は、見事な訳のついた、彼にとっての「魂の故郷への旅」であった。
彼は子供の頃から、不思議な動悸を伴って「アルナーチャラ」という興奮を感じていたという。これはサンスクリット語であるが、タミル語では、「ティルヴァンナマライ」である。購入してきたカセット・テープの「アルナーチャラシヴァ、アルナーチャラシヴァ、アルナーチャラシヴァ、チャラーチャラ」という響きは、不思議なやすらぎをもたらしてくれるが、私は「ティルヴァンナマライ」といういう響きも好きである。ティルコヴィルールの「アラヤニナルール寺院」からこの「アルナチャラ」の最初の眺望が出来るが、それは「地球の心臓」とも言われる、まさに「聖なる山」である。「ティルヴァンナマライ」の町に近づくにつれ、それはさらに美しい姿を顕わした。
第6章に、この丘の起源が出ている。
「アルナーチャラが私を呼んだ。」としかマハリシは答えていないが、聖なる場所は、だれでも行けばわかるであろう。
マハリシの教えは、Who am I ?として知られるが、それは不可解な人間の「心」の探求である。この書の108頁に要約されているように、
「すべての想念の中でまず第一にあげられるものは、心の根元にある『私』という想念である。それゆえ『私はだれか』という探求をとおしてのみ心は静まる。」
これが彼の教えのすべてである。
中学校で初めて英語を習うときに、第1人称の" I " はどこにあっても大文字で書かれることを不思議に思っていたが、これほど象徴的なことはない。しかし、アシュラムでは、圧倒的に西洋人の姿が多かった。これは西洋の心理学では、人間の心は探究できない証ではないか?
そこは思考の無い世界、対象に名前つけられない世界、言葉の無い世界、したがって沈黙の、静謐な世界なのである。 マハリシの教えは、沈黙の世界であり、彼自身は「沈黙の聖者」なのである。
(C)T.Mashimo 1999
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