愛と呼ぶ花−礼庵−


 礼庵が新選組屯所に沖田総司を訪ねたのは、このところ顔を見せない沖田をみさがとても心配したためだった。
 みさは礼庵が引き取って育てている七歳になる孤児である。無礼討ちしようとしていた浪人から救われたのが縁で、新選組の沖田総司と知り合うようになり、子供好きの沖田はときどき礼庵の家に遊びに来ていた。それがここ何日か彼は姿を見せていない。
 礼庵は医者である。医者の立場でも沖田を心配していた。彼は池田屋事件の後、具合が悪くなっていた。喀血したと礼庵は聞いて、暗澹たる気持ちになったものだった。当の沖田は決して暗い顔など人に見せるような男ではなかったが。
 沖田の本意ではなかったようだが、彼が半井玄節という名医の元に通うようになったため、事実上医者としての礼庵の出る幕はなかった。

 ちょうど入口で案内を請おうとしたとき、奥から出てきたのは、礼庵もよく知っている若い隊士、山野八十八だった。
「礼庵先生、おひさしぶりです」
山野はあいかわらず律儀に挨拶をよこした。
「おひさしぶりです」
「沖田先生ですか」
察しよく山野が聞いてくる。
「いらっしゃるだろうか」
「それがその、今日は誰にもお会いにならないと思います」
「沖田殿がどうかされたのか」
礼庵は自分の心が泡立つのを感じた。
「ええ、このところ、沖田先生のご様子が変なんですよ」
山野がこう言ったとき、
「誰が変なんだって?」
と声がして、当の沖田が現れた。
 長身痩躯。いつものようにしなやかで隙がない。礼庵が気が抜けるくらい、元気そうである。
「あ、沖田先生」
山野はばつが悪そうに、ぺこりとお辞儀をした。
「勝手にひとのことを決めるなよ」
「申し訳ありません。でも沖田先生はさっき、今日は非番だが誰が来ても取り次ぐなって」
「この人は別なんだ」
そう言いつつ、沖田は礼庵を見て、
「ちょっと出ましょうか」 と言った。
首を傾げている山野を置いて、二人は屯所を後にした。

「みさがとても心配しています」
礼庵は黙っている沖田に話しかけた。
 礼庵は女性としては背が高い方だが、沖田はもっと上背があって、並ぶと礼庵を見下ろすような形になった。世間では礼庵は女だと知られていない。沖田も礼庵を男だと思っているはずだった。
「みさが?かわいそうなことをしましたね。でも、今の私はとてもみさに顔を合わせられない」
「どうしたんです」
「子供を斬りました」
淡々という沖田に礼庵は驚いて立ち止まった。
「元服はしてましたが、見るとまだ子供だった」
「でも、それはお役目だったのでしょう」
「そうですよ。もちろんお役目です。だからといって、何の気休めにもならないな」
「それでここ何日か姿を見せなかったんですね」
「みさだけじゃなくて、あなたも私を心配してくれていたんですか」
沖田が礼庵にそう聞いてきた。
「もちろん、」
「あなたは医者だから」
沖田は礼庵の言葉を無理やり引き取って、後を続けた。笑っている。
 礼庵はむっとした。自分の心からの気遣いを笑われたような気がしたからだ。
「礼庵殿、あなたを見ていると私は元気になります」
礼庵のむすっとした顔を見ながら、なおも笑顔を消さない沖田だった。
「それはどういう意味ですか」
「言葉通りの意味ですよ。私は人に隠し事はしませんからね」
「私がいつ隠し事をしたのです」
 沖田は立ち止まり、礼庵を見つめてきた。
 その切れ長の眼を見ると、礼庵はいつも落ち着かない気分になった。
「いや、あなたはいつも私にはまっすぐにものを言ってくれました。今日の私はどうかしています。忘れて下さい」

 二人はいつのまにか大通りに続く道を歩いていた。日差しはまだきつい。沖田と礼庵は黙々と歩いていた。いったいどこまで行くのだと礼庵は口を開きかけたが、このまま沖田と歩き続けるのもいいだろうと思い直した。傍目には男二人が歩いているように見えるだろう。
 道行く者は二人に目を止める者もいない。
 向こうから今時珍しい豪華な衣装の娘が乳母を連れて歩いて来た。その娘が、沖田を見て笑顔になった。
「沖田様」
沖田も笑顔になった。
「これは。今お帰りですか」
「ええ」
 娘は恥ずかしそうに、ちらっと礼庵を見てから
「沖田様はこれからおでかけどすか?」
「ええ、ちょっとこの礼庵先生といっしょに」
沖田は礼庵を見て、
「半井先生のお嬢さんです」
と紹介した。
礼庵と娘は黙礼し合った。
「じゃ、私たちはこれで」
沖田が礼をして行き過ぎようとしたとき、
「あの」と娘が声をかけてきた。
「この頃お見えにならへんので、父が心配しておりました。お待ちしております」
 礼庵にはその言葉が父の名を借りた娘自身の言葉であることが手に取るようにわかった。しかし、沖田は気づかないらしい。
「父上にはよろしくお伝え下さい。そのうちうかがいます」
とあっさり言うのみである。
「総司殿、その娘さんを送っていってあげなさい」
礼庵はつい自分の口からそう言ってしまうのを止めることはできなかった。
 沖田も娘も驚いたように礼庵を見た。娘の頬が赤くなるのがわかった。
「この頃はぶっそうですから。総司殿がいっしょならまちがいはない」
沖田は表情の読めない顔で、
「あなたがそれでいいなら」
と答えた。
「みさには総司殿が元気だったことを伝えますから」
礼庵は笑顔を作った。それは心からの笑顔のはずだった。礼庵は女でいることを捨てたのだから。
 沖田は何かもの言いたげだったが、やがて娘に向かって
「お送りしましょうか」
と優しく聞いていた。
 娘はええとうなづく。嬉しそうだった。
 お似合いの二人だなと礼庵は思った。

 その次の夜だった。
 夜分に戸を叩く音がする。急患かと礼庵はあわてて身支度を整えた。
「今開けます。待って下さい」
 戸を開けて入って来たのは沖田だった。
「総司殿、いったいどうしたのです」
「何も。ちょっと水を飲ませて下さい」
見ると沖田は武装していた。
 礼庵が急いで水を持ってくると沖田は一気に飲み干した。
 ろうそくの灯りの中でも、沖田の羽織や袴にいくつか血の跡が目立っていた。
 沖田は礼庵の視線を追って
「これは私の血じゃありません。返り血です」
と言った。返り血…わざとのように乱暴な口調で、
「また人を斬りましたよ。こんどは手加減なしです」
「総司殿」
「じゃあ、また隊務に戻ります。戦線離脱はできないから。今夜はここらへんは危ない。外には絶対出ないこと。戸締まりに気をつけて下さい」
それを聞いて、礼庵は総司がわざわざ自分たちの様子を見に来てくれたのだと知ったのだった。
「総司殿、気をつけて。落ち着いたらまた顔を見せて下さい」
礼庵は戸口をくぐろうとした沖田にそう言った。
「あなたは私の顔を見たいんですか」
後ろ姿のままで沖田がそう言う。
「当たり前でしょう」
「もう私の顔など見たくないのだと思っていましたよ」
「なぜ」
 沖田はそれに答えず、また闇の中へ戻っていった。
 遠くで呼子が鳴っていた。

 夜が明け、空が白み始めた。結局あれから一睡もできなかった。
 沖田の顔が目の前にちらついて眠れなかったのだ。
 小さい頃父親の折檻にあい、自分の子を持てない身体になってしまった礼庵は女を捨てて生きてきた。恋とは無縁なはずだった。医者として仕事だけにうちこんできた。
 しかし、沖田総司を異性として見ていないのかと問われれば、返答に窮することだろう。
 あの沖田に間近で接して、平静でいられる女が何人いるだろうか。彼は魅力的な男だった。礼庵がくやしく思うほどに。けれどそれ以上に沖田の魂が礼庵を魅了するのだった。
 新選組という過酷な集団に身を置きながら、沖田はときとして子供のように無邪気だった。そしてこれが一番礼庵を悩ましているのだが、沖田はときどき礼庵が思っている以上に深い洞察力を見せてくる。自分のことを沖田がどう思っているのか、礼庵にも見当がつかなかった。そして自分自身の気持ちさえ。

 寝不足でも患者は容赦なく訪れてくる。一段落してようやくほっとできると思ったが、また来客があった。よく見れば半井玄節の娘の乳母らしい。やっとのことで礼庵の家を探し当てたと言う。
「あれから沖田様は確かにお送り下さいましたが、そのまますぐお帰りになりました。お嬢様がお誘いいたしましたのに。それでお嬢様ははたいそう気に病んではります。失礼かと思いましたが、こちらにうかがって本当のところをお聞きしよと思いまして」
「本当のところとおっしゃいますと」
礼庵は茶の用意をして、乳母の元に差しだした。
「あのう、大変申し上げにくいことなんどすけど」
「どうぞ」
「沖田様とあなた様のご関係はどのようなものでしょうか」
「はて、関係とは」
「そのう、お二人は…契りを交わされた仲なのかどうか」
「つまり」
「はい、つまり…衆道の」
 礼庵は唖然として即答できなかった。沈黙が流れる。乳母はそれを別の意味にとったようだった。礼庵が女のように美しい男に見えたのだろう。さもありなんと一人納得している。
 自分が女だと明かすことはたやすいが、それでは余計に誤解を招くかもしれぬと礼庵は困った。
「いえ、沖田殿と私は決してそのような関係ではありません」
気を取り直して礼庵は言った。
「そうでしょうとも。それを聞いて安心いたしました」
 そういう乳母は何もかも心得ていますよという顔でうなづいていた。乳母にとって大事なお嬢様になびかない男は男ではないのである。男しか好きにならない男なら納得がいくのだった。

 ひさしぶりに訪ねてきた沖田は悪びれた様子もなく、あくまで明るかった。
 みさはあいにく手伝いの婆といっしょに買い物に出ていった後だった。
 礼庵は半井の乳母との顛末を沖田に話しておくべきだと思い、沖田の狼狽を少しでも軽くしようとあらぬ誤解を受けていることを遠回しに言った。
 しかし、沖田はそう聞いたとたん、
「礼庵殿と私が衆道だって」
と大声で言って、がまんできないように笑い転げた。
「笑い事ではないですよ。あの乳母さんは私の言い分を信じてないみたいです。さっさと行って疑いを解いてらっしゃい」
「どうして」
「どうしてって、困るでしょう」
「いいじゃないですか。そういう噂がたっても。そうか、礼庵殿には迷惑かな」
「そうじゃなくてあの娘さんがかわいそうでしょう。あなたを想っているのに」
「じゃあ、私の気持ちは」
「総司殿の気持ち」
「私の気持ちは尋ねてくれないのですか。私は別にあの娘さんを何とも思っていないのですから。誤解されようがどうでもいいのです」
「あんなに綺麗な人なのに」
「あなたは綺麗なら誰でも好きになるとでも言うのですか」
「そうは言ってないが、他に誰か好きな人がいるんですか」
「います」
礼庵は胸の奥がきりりと痛むような気がした。
「他に好きな人がいたんなら、しょうがないですね」
沖田は礼庵を見て
「誰だか聞かないんですか」
と聞いてきた。
「じゃあ、誰なんです」
 沖田はかすかに笑った。
「あなたがそれを私に聞くとはなあ」
「総司殿が聞けと言うから」
「あー、わかりました」
沖田は礼庵を遮って、「お、みさが帰ってきましたね」と話をそらした。

 その侍は最初患者を装って、礼庵の元に訪れた。年の頃は三十半ばだろうか。目の下に濃い膜ができていて、やつれた印象だった。きつい腹痛だというので礼庵は薬を処方したが、それほどの症状にも見えず不審に思った。しかしその侍は金子には不自由はないらしく、薬の代金も過分に置いて帰っている。
 次に来たとき、家で子供が高熱を出しているため来て欲しいと言ってきた。礼庵は先日のこともあり、子供と聞いて断るわけにもいかず、その侍の後をついていった。
 いつまでも行き先を言わない侍に礼庵は業を煮やして、
「お宅はどこなんです」
「もうすぐだ。子供は今眠っている」
 侍が案内したのは小さな寺の墓地で、真新しい卒塔婆が立っていた。
「ここは」
「もうすぐここに新選組の沖田が来るだろう」
男は礼庵をにらみつけながら、突然そう言った。
「沖田?」礼庵はわけがわからず問い返す。
「お前の名を使って呼び寄せたのだ」
「どうしてそんなことを」
「あいつは鬼だ。私の子供を斬った男だ」
礼庵は子供を斬ったといういつかの沖田の言葉を思い出していた。
「しかし、沖田殿は任務だったと言っている。あなたは尊攘派の浪士なのか」
「お前には関係ない。下手なことをすれば医者であっても切り捨てるぞ」
 礼庵はこのまま自分がいることで、この狂ったような男の前で沖田の足手まといになるのは耐えられなかった。退路を探して墓地を見回す。
「逃げようとしても無駄だ。お前が逃げたら、お前のところの子供を狙うまでのこと」
みさの事を持ち出されて、礼庵は怒りにふるえた。
 男は冷酷に礼庵の逆手をとってねじ伏せた。鋭い痛みが礼庵に走る。
そのとき、墓地の入口に人影が立った。
「その人を離せ」
沖田が一人で立っていた。
「ふん、やはりのこのこやってきたか。逢い引きとは恐れ入る」
「誰だか知らないが、その先生が私にそんな伝言を寄越すはずはありませんよ。私たちにそんな関係はあり得ないんだから」
「じゃあどうしてやってきたんだ」
「さあ、私にもいろいろ事情がありましてね」
沖田はそう言いながら、だんだん近づいて来た。
男は脇差しを抜いて、礼庵の喉元に突きつけた。沖田をにらむその目には狂気が宿っている。
「お前は私の子供の仇だ」
その言葉を聞いて、沖田は一瞬瞼を閉じた。
「あんたの子供か。じゃあどうしてこんな危ない京都に連れてきたんですか。守ってあげなかったんですか」
「うるさいっ」
「お役目をさせるつもりだった?子供の命などすぐ消えてしまうようなこんな京都で」
「お前も死ね。私も死ぬ」
「あんたと心中するつもりはないですよ」
男はますます礼庵の腕をねじってきた。
「この男がどうなってもいいのか。お前の色子だろう」
「そうだったらいいんですが、そうじゃないんですよ。さっきから言ってるでしょう。その人に関係ないんですから、離してあげて下さい」
 礼庵は男が沖田とのやりとりに気をとられている間に、空いている右手で膝元の砂をつかんだ。
 じりじりと間合いをつめてくる沖田に、男は
「そこを動くな」と叫ぶ。同時に礼庵を立たせようと逆手をはずした。そのとき、礼庵は夢中でつかんでいた砂を男の顔めがけて投げつけた。
「!」
目に入ったのか男が思わず礼庵を離したとき、沖田が駆け寄って来るのが見えた。
「礼庵殿、逃げて」
言われるまでもなく、礼庵は飛びのく。
 男が抜刀するまでの間に沖田は抜き打ちに男の手首を斬っていた。
 男は刀を取り落とすが血が吹きでないところを見ると、峰打ちだったのだろう。沖田はさらに袈裟懸けに斬って落とし、男を失神させた。
「怪我はありませんか」
 沖田は刀を納めながら礼庵の元に近づいた。心配そうに眉をしかめている。
「ええ、大丈夫です」
「この男のことはこれから詮議が始まるでしょう。後で所司代に連絡します。当分目を覚まさないでしょうから。この男はもう刀を持てないでしょう」

 二人は墓地を出て、寺の境内を歩いた。大きな木が立っている。さっきは気づかなかったが、みずみずしい緑の影を作っていた。
「ちょっと休みましょうか」
沖田はそう言って、木の下に礼庵を誘った。境内には誰もいなかった。
「驚いたでしょう。私のために申し訳ありませんでした。礼庵殿からの伝言だとどこかの小者が知らせてきたので、おかしいなと思ったのです。その内容がまるで逢い引きの約束だったから。あなたの身に何かあったらとそればかりを案じてました」
「あの男、どこか狂っていました」
「そうでしょうね、…私は業が深い男です」
 沖田は自分が子供を斬ったことを言っているのだった。子供好きな沖田にしてみれば、それは耐えられないほど苦しいことに違いなかった。
「でもそれは仕方ないことだったのでしょう。私は総司殿を信じます」
「…ありがとう。私はいつもあなたに甘えている気がします」
 礼庵は沖田が自分を見つめているのに気づいた。まるで愛しい者を見るかのように。
 礼庵が思わずうつむくと、沖田はそっと手を伸ばし、静かに礼庵を抱き寄せようとした。礼庵は驚いてその抱擁から逃げようとしたが、沖田は力を入れているように見えないのに、腕は鉄のように固く、礼庵の力ではびくともしない。
 沖田はそのまま礼庵の髪に顔をうずめた。
「そのまま、もう少しじっとしていて下さい。今言わないと、私は一生あなたに伝えられない」
 沖田の声の調子があまりに真剣だったので、思わず礼庵は動きを止めた。
「私はあなたが女だとずっと知っていました」
それは礼庵には衝撃だった。
「ねえ、あなたは少しも気づいてくれなかった。私がどんなにあなたを好きでいるか」
沖田の言葉に再び衝撃を受ける。
「だけどどうして私を」
「ああ、これではっきりあなたが女の人だと確信しましたよ」
沖田の声は笑いを含んでいた。
「女の人はどうしても自分の美点を言葉にしてもらわなければ、納得しないのだな」
「からかっているのですか」
「私がからかっている?こんなに胸がふるえているのに」
「けれど私はもう女も恋もすべて捨てた人間です」
「じゃあ、私のために取り戻して欲しい。あなたは私が嫌いですか」
 礼庵はその問いを聞いたとき、自分が泣いているのに気づいた。嫌いになれるならどんなに楽だったろう。
 やがて、彼女はたゆたいながらも自分の意志で沖田の背にそっと手を回し、自分もまた沖田を抱きしめるのだった。
「……」
 言葉はいらなかった。
「私はあなたもよくご存じの通り病を抱えている身です。だからこの胸に納めて、あなたに何も言うまいと思っていました。でも…」
 沖田は礼庵の髪をそっとなでた。
「あなたの本当の名を教えて下さい。礼庵とはお医者の名前でしょう?」
「…柊子と言います」
「柊子…いい名前だ」
 礼庵が昔女を捨てたときに同時に捨てた名前だった。しかし、沖田がその名を口にしたとき、礼庵は自分が何かから解放されるのを感じていた。
 沖田は抱きしめていた腕をほどき、礼庵の肩に乗せて、彼女の瞳を覗き込んだ。
「柊子さん、ずっとあなたが好きでした。あなたの生き方も考え方も、私にはまぶしかった。私には生涯あなただけだと思い定めていました」
「私も…ずっと…あなたを想っていました」
 礼庵もとうとうそれを口に出した。それは二人の告白であり、誓いだった。

 沖田総司は直る見込みのない病を抱えている。医者である礼庵はまたそのことで苦しむかもしれなかった。二人の時間は短かったが、それを人は不幸と呼ぶのだろうか。愛を得た者は誰にも不幸とは呼ばせないだろう。あるのは幸せと幸せの想い出だけなのである。
 愛と呼ぶ花が枯れることは永遠にない。


−この作品を北村柊子さんと礼庵さんに捧げます− 磯宮


「千駄ヶ谷の家」