あなた


 私が新選組に興味を持ったのはいつからだろう。本やドラマからだろうか。学校の歴史の授業ということはない。日本史ではほとんど触れられることのない集団だからだ。
 私を夢中にさせたのは、現在でも支持者の多い新選組副長土方歳三ではなく、一番隊の組長を勤めていた沖田総司だった。
 沖田総司。彼には大抵の人は肺病で美剣士のイメージを持っているらしく、沖田を好きだと言うと、いかにもセンチメンタルで乙女チックなやつだと思われがちだった。
 実際の彼はおそらくそういったイメージとはかけはなれ、修羅場をくぐった剣士だったと思われる。ただ、一方で冗談好きな明るい人でもあったろうと、残された数少ないエピソードから私は想像をふくらませていた。
 なぜ自分がこんなに沖田総司に惹かれるのか私にはわからなかった。

 私は沖田が亡くなったと言われている二十五歳を過ぎるのがいやだったが、それをとっくに越してしまっても、日々の生活の中で「沖田総司」という名が魔法のように私の心をかきならし、浮き立たせることに変わりはなかった。

 私の夫はもの静かな人だった。私たちは恋をしたが、それはどちらかというとすぐに恋よりも愛情に変わるような種類のものだったと思う。
 一度夫に剣道をしたことがあるかと尋ねた。
 夫は笑って、
「学校の授業でならやったことがある」と答えた。

 穏やかな暮らしを何十年も続けて、私より先に夫は逝った。私の周りは急に寂しくなり、夫の存在の大きさを改めて思い知らされた。
 やがて私もこの世界に別れを告げるだろう。あちらの世界に行けば、私はまた夫に会えるのだろうか。そして百年以上も前に亡くなったのに、私をこんなにも魅了した沖田総司に一度会ってみたいと願っている。

 そこは形として何もない空間。でも私は私として存在していた。
「迎えにきた」
その声はなつかしい声。それは夫の声だった。
「あなたはひどい人ね」
私は言った。
「何も教えてくれなかった」
「だってそれは仕方ない。私自身、知らなかったのだから」
彼は笑った。夫であり、かつて幕末に生きた沖田総司の笑顔だった。
「私も今思い出したわ。あのとき、京都で別れねばならなかったあなたと私。一人、病で死んでいったあなたの無念は…。あなたの最期を見取れなかった私は、どんなにつらく悲しかったことか。そして私達は約束したのよ。今度生まれ変わったら、ずっといっしょに暮らそうと」
「平和で暖かな一生を送れたよ。あなたに感謝している」
「あなたが私の総司だったのね。いつもあんなに側にいたのに、少しも気づかなかった。どうしてかしら。くやしいわ」
彼はまた微笑む。
「だけど、幸せだった」
 彼が手を差しのべてくる。私はその手を取った。
 彼と私は寄り添いながら、より高い空へと舞うように上っていくのだった。



[千駄ヶ谷の家]