大文字の夜



五山の送り火を見るため、料理屋の二階にいる沖田総司と美華(みけ)。
料理を食べ終わって、大文字の点火を待っていた。
総司はときどき真剣な美華をからかってみる。

「怒った顔が見たいんだ。でも笑った方がもっといいな。あなたの笑顔を見ると、自分がひどい男ではないと、少しでも思えるから」
「総司さんはひどい男なんかじゃないわ」
「美華さん、ひどい男だよ、奴は。気をつけた方がいいな。あなたを自分に縛り付けようとしているだ。それをわかってるのかな。奴はあなたを思い通りにしようと思っているかもしれない」
「私がしがみついているのですもの・・・ご忠告くださったお方 」
「ふうん、あなたは案外、大胆な人なんだ。それとも物好きな人なのかな」
「いじわるね、ええ物好きですわ。こんないじわるな人を好きなんですもの 」

「あ、ほら、見てご覧」
沖田が美華に空の一角を指し示した。そのとき、如意ケ丘に「大」の文字が浮かび上がる。
「きれいだわ・・・」
夜空に「大」の文字が、燃えている。
喜ぶ美華の横顔に、総司は言った。
「一度ゆっくり見たいと思っていた。そのとき、側に美華さんがいてくれたらと思っていた」
美華は総司の顔を見て、微笑む。
総司にはその微笑みが、なぜかはかなく思え、愛しさが募った。

「あの大の字を水に映して飲むと願い事がかなうんですって」
「願い事?それ、やってみたいな」
美華は二つの杯に水を注いで一つを総司に渡した。それぞれの心に宿る願い事とは。
(美華さんが幸せになりますように)
(総司さんの望みがすべてかないますように・・・)
口に出せば、叶わなくなると美華は言う。
そんな美華をまた総司はからかった。
「でも、奴の願いごとは何か良からぬ事かもしれないよ」
「どんな願いでもかまわないわ あなたが望むことなら」
「本当に?あなたは・・・奴に惑わされているんだな」

死者の魂が戻るというこの日。死者に安息はあるのだろうか。

「いつか・・・どちらかが先に死んでも魂はもどってくるのね 」
「魂か・・・私にあるのだろうか。 もしあったら、美華さんのところに戻ってこようか」
「送り火は焚いてあげないわよ」
冗談を言いながら、その実、彼らは本気だったのかもしれない。

「送り火はいらない。ただ、その笑顔、忘れないでいてくれれば」
「あなたの魂をずーっとそばに置いておくの・・・ 」
「あなたとなら、いっしょに朽ち果てて、本望だな」

総司は美華に向かって手を広げて見せた。
「私の魂、捜してみる?どこにあるか」
美華は総司の胸に手を置いた。
「わたしの魂ならここにあずけてあるのだけれど 」
「じゃあ、私の魂もきっとその隣だ」
「魂も離れられないのね・・・ずっといっしょに・・・ 」

二人の影が一つになる。
西へ西へと点火されていく、五山の送り火。
京の町は、恋人たちに今夜だけは優しい顔を見せていた。





大文字の夜いっしょにいたのは、あなたと私と・・・もう一人のあなた。私の心 をゆさぶってはするりと身をかわすいじわるな方。
言葉の端々に見え隠れする、本当のあなたをつかまえたかったのに・・・。
でも、あなたは約束してくれた、魂はわたしの元へ帰ってくると。
私の魂はあなたの元へ、あなたの魂はわたしの元へ・・・。送り火なんていらな い、ずっとずっと寄り添っていたい。
ねぇ、あなたは気がついていた?あの日わたしが杯に映していたのは、大文字で はなくあなたの姿だと・・・。あなたを水に映しとって、飲み干してしまいたか った。




作・ログ(みけ&磯宮)+美華独白(みけ)




[鴨川の散歩道]