夏の日
池田屋騒動の後、屯所の一室で療養している沖田。
若い隊士、朱理は沖田を見舞う。
突然、沖田は話題を変えた。
「 私はね、あなたに新選組を辞めてほしいと思っているんですよ」
沖田は淡々と話しているが、その内容に朱理の顔色は変わった。
「あなたはよくやってる。判断力も的確だし、剣技も格段に進歩した」
「では、どうして?何がいけない? 」
「私はあなたのことが心配なんですよ」
「 心配・・・?私は心配されるほど弱くはない。 隊務だって、他の平隊士以上にこなしてきたはずです」
「池田屋の後、ますます我々に対する風当たりが強くなるでしょう。今まで以上の激しい戦闘が起こることになる。わざと危ない場所に飛び込んでいくようなあなたを見ていられません。まるで、何かを証明しなければならないみたいに」
沖田は一拍置いて、こう続けた。
「壬生寺の子供たちを見ていて、昔、江戸で会った女の子を思い出しました。とてもきかん気そうで、元気な女の子でした。私はその子があなただと知っているんですよ」
「私が?私が女だと……?」
朱理の声が震えた。
「ええ、あなたが女だと、知っていました。他の人に言ったことはないし、これからも言うことはないでしょう」
「沖田先生、まだお加減がよくないらしい。私は失礼します。ゆっくりとおやすみを……」
沖田は憤然として立ち上がった。できるなら沖田を殴りつけたかったろう。
「朱理さん、待ちたまえ、まだ話は済んではいない。 女のあなたがなぜ新選組に入ったのか。それが聞きたい」
朱理の目と沖田の目が交錯した。朱理は彼の視線に負けてしまう自分を感じていた。
「……私は強くなりたい、誰よりも強く、そのためには、貴方のそばにいるのが一番だと思いました」
「誰よりも強くなりたい……それがあなたの望みですか?」
「貴方は強い誰より……。だから貴方を超えなければならないと思ってきました」
「私を超えて、どうしようというのです」
「私は、自分がわからないっ……、でも、その望みを捨てたら私は壊れてしまいそうだった……」
「そこまで思い詰めるにはよほどの理由があったのでしょう」
「みんな弱いの……、みんな泣いてばかり、本当にそれでいいの?私はいつも聞きたかった」
朱理の言葉に沖田は黙って耳を傾けている。朱理は目の前の沖田に初めて気づいたかのように、
「私に会ったこと、覚えていたんですね。もう、忘れているものと思っていました。あのとき、沖田先生と時間がたつのも忘れて遊んだのを覚えていますか?」
「覚えていましたよ。大きくなったあなたを見て、妙になつかしかった。それで、思い出しました」
総司は遠い目になる。
「それから、帰りの遅い私を探しに姉が来て……、姉は、まだ、少年の貴方に恋をしました」
「私に?」
思いがけない朱理の告白だった。
「貴方を見る姉さんの目は私が今まで見たこともないくらいに綺麗で……、姉さんはいつも、私を探す振りをして貴方に会いにいった……」
「あなたのお姉さんのことも覚えています。清楚で優しい人でしたね」
「清楚で優しい……、でも弱い人……、貴方を想って泣くことしかできない。けれど、そんな姉を見ても、自分の出世のために姉さんの婚約を決めてしまった父……」
「私はまだ子供で何もわかってはいなかった」
「そう、沖田先生にはそんな俗世的なこと似合わないもの。その父に逆らうことができない母はもっと弱いっ……。そんな、泣いてあきらめることしかできない女はいや」
「それであなたは強くなりたいと……」
「だから私は女を捨てた。女であることを隠して隊に入ったわけじゃない。女であることを捨てたの。これがすべて。私が邪魔なら土方さんにでも私が女であることを言えばいい」
「邪魔・・・私がそんなことを思うわけがないでしょう」
「貴方は優しい、だからきっと誰にも言ったりはしない。ならなぜ?私にも黙っていてくれなかったの?」
「言わずにいられないほど、あなたのことが心配だったからです」
「私は貴方を守りたかった、姉さんが恋をした貴方を・・・自分の意思で」
「修羅場に立つあなたを見ていたくなかった。これ以上」
「修羅場、たとえそんなときでも、貴方と一緒なら何も怖くなかった。けれど、池田屋ではじめて、あなたと離れたときとても怖かった。自分が死んでしまうかもしれないことよりも、貴方が死んでしまうかもしれないことのほうがとても怖かった」
「朱理さん・・・。私はいつか死ぬでしょう。病でかもしれないし、闘いの中でかもしれない。私はあなたには元気でいてほしいんです。私がいなくなった後も」
「私だって貴方にずっと元気でいてほしいっ……」
「もっと自分を大切にしてほしい」
「自分も大切にするわ。けれど、それ以上に私は貴方が大切なんです……」
「私もあなたが大切です。自分以上に」
「どうか私を隊に残らせてください!貴方のそばにいれない私は死んでしまったのと同じ……」
沖田は次の瞬間、朱理を抱きしめていた。朱理は身動きできなかった。
「今だけ、女である朱理さんに言いたいのです。決して、私より先に死なないと約束して下さい」
「約束します、貴方より先には死にません、だから、どうか、私の知らないところで死んだりしないで」
「ありがとう、朱理さん」
沖田は朱理から離れて厳しい顔になった。
「明日からはあなたをもっと厳しく指導します。鍛えますから、そのつもりで」
朱理も立ち上がり、まっすぐ沖田を見た。そこに彼女の覚悟が見えていた。
「はいっ!よろしくおねがいします。隊務に戻ります」
「わかりました。しっかりお役目を果たしてきてください。でも約束は忘れないように」
「はいっ!!約束ですね!!」
元気な朱理の笑顔に総司も微笑を誘われる。
「気をつけて」
朱理は沖田の部屋を走って出ていく。
沖田も明日から隊務に復帰する。
これで良かったのだろうか。
朱理を手放したくないという利己的な想いが自分にあったのではないかと沖田は思った。だがしかし、彼女を一人で江戸に帰してそこに幸せがあるというのだろうか。
朱理を守り抜くしかない。沖田はそう決意していた。
(終)
作・朱理&磯宮。イラスト・朱理さん
[鴨川の散歩道] 