「約  束」

作・ちゃちゃ



千耶は部屋に灯もいれずに、座っていた。沖田と過ごした嵐山での時間の余韻が彼女を包む。月明かりで部屋の調度がほの白く浮ぶなか、千耶はそっと、指を唇に近づけてみた。
「ずっと、一緒にいよう」沖田と約束を交わした指。初めて触れた沖田の手のぬくもりがそこにあった。

──ずっと、いっしょに… ── その言葉には口にすることで、願いが叶えられればいい、そんな危うさがあった。言葉とは裏腹にいつまでこの時間が続くのだろう、そう思った時、たまらず、千耶は傍らの沖田の手にそっと触れてみた。
「たしなみのない。」そんなもう一人の自分自身の声を聞いたようで、あわてて手を引こうとした千耶の手を沖田の手が包んだ。
鍛えられた沖田の手は、力強くそして大きくて、千耶の手は彼の手の中にすっぽりと収まってしまった。初めて、身近に見る沖田の手は、武芸者らしく竹刀蛸があり、小さな無数の傷が日頃の沖田の任務の厳しさを物語っていた。
「私の手は汚いな…。」そう沖田が呟いたのを、千耶は聞き漏らさなかったが、それには答えなかった。けれど、その傷の一つ、一つでさえ、愛しいと、千耶が思ったのを沖田は知っていただろうか。

 沖田がどれほどやさしい微笑を千耶に向けても、千耶にはいつも不安があった。殺伐とした街で厳しい任務に就いている沖田。どれほど、他人が彼の強さを喧伝しても、誰に彼が一流の剣士だと、聞かされても、もしも、ということがないと誰が言えるのか、まして、彼はその身に病を得ている。そう思う時、不安に押しつぶされそうになる自分自身を千耶はどうすることも出来ずにいた。

だが、初めて触れた沖田の手に、紛れも無い沖田の存在を知った。
力強く、温かな手。この手をきっと忘れない。
遠くない未来に引き裂かれる日が来るかもしれない。けれど、今はここにある現実と、ささやかな未来を信じたい。
 「ずっと一緒に…」それはかなわぬ願いかもしれない。けれども、言葉にすることで、それが実現するかのように、千耶は「約束してね。」何度も沖田に言わずにはいられなかった。
そんな千耶に呆れた顔もせず、沖田もまた「約束しよう」と言った。彼の中にも、言葉にすることで実現すればいい、と願う気持ちがあったのかもしれない。

暗闇の中で、千耶は手を唇に押し当ててみた。
「こうしてる私のことも覚えていてくれるかな」
そう呟いた沖田の声を驚くほど、近く感じる。
「忘れたりしない。だって約束したでしょう、私たち」

                              ──fin──


[鴨川の散歩道]