そこはとても真っ暗で存在する者を盲目に変える程、五感を擽るような少しの変化も感じる事はできなかった、と、そんな風に臆病だった僕に当時の印象は残っている。
 だからって今の僕が臆病じゃないのかって、そんな馬鹿げた事を考えないで欲しい。
 人間として、早期に確立された精神状態は、その後の人間性を造り上げる上での基盤となり、この時点で大部分の人生が決まっていると言っても、一部の人間にとってはきっと笑えない冗談になる。
 ある一定の、ある一定の精神状態と、周りを取り巻く環境。
 そんな時、臆病な人間は、同じ夢を繰り返し見る。
 何かに追いかけられる、そんな夢。
 そこは真っ暗で、感じられるのは、追跡者の存在と、足の裏についた地面。
 今になっても同じだった。
 小さな頃によく見た繰り返される悪夢は、少しだけ成長した僕にも、同じ位の恐怖を分け与える。
 つまり成長していないって、ことなんだろうなぁ。

「はうぁっ!?」

 嫌ぁな思い出を悪夢にして思い出す、ちょっとや、そっとじゃ絶対に忘れられないってのは分かってるけど、いい加減思い出したくない事に限って、こんな風に夢の中まで登場して自己アピールなんてしてくるものだから、本当に忘れられないんだ。

「シンちゃん」

「ぎゃぁ!」

 耳元で聞こえたんだ!、耳元で!
 うわっ、わぁー、たすけてぇー、化け物ぉ。
 って、わめいてたら、ゴンって。

「っぅー、」

 頭を押さえて丸くなる。

「母さん?」

 でも母さんなら絶対に拳で殴ったりしない。
 それどころかもっとややこしくなって、ハンカチくわえてよよよって泣き崩れて。

「シンちゃんのおかーさまよりは若いつもりなんだけど?」

 予想通り、母さんの声じゃなかった。

「み、ミサトさん」

 僕の部屋、早朝、盲腸・・・
 だ、駄目だ、頭が痛くて・・・
 僕は誰もが一歩身を引くような寒いギャグに自己嫌悪しそうだった。
 とにかく、いるべきして、ここにはいるべきじゃない人物の登場は、あまり気持ち良くない。

「成長しても、ヘボイとこは前と変わらないわねぇ」

「ひ、ひどいや・・・」

 そりゃあ高三になっても精神的に一気に大人になる、なんてあり得ないだろう。
 そう口にして、傍目、呆れるような行動を中学生だった頃と変わりなく日課にしている友人が側にいるから、それは少し酷い。

「す、少しは女の人とも話せるようなったし、」

「ふーん、」

「物事を前向きに、」

「前向きに?」

 目が疑ってる。

「今も後ろ向きじゃないのぉ?」 

 なんで起きて早々こんな説教を聞かないといけないんだろう。
 さっきの"化け物"がいけなかったのかなぁ。
 三年前と、ミサトさんのスタイルは変わっていない様に見える。
 勿論性格も変わっていなくて、雑で、粗野なとこもだ。
 少しだけ落ち着いた様な雰囲気があるのは、誰かとつきあっているからなのかもしれない。

「三年ぶりだってのに、言ってくれるわねぇ」

 やっぱり根に持ってる。

「化け物?、ふーん、シンちゃんはそこまで言うようになったんだぁ」

 ちなみに彼女は、正確に言えば違うんだろうけど警察官です。
 階級があがってるそうだけど、なんて呼ぶのかは分からないから。
 その警察組織の片割れである人物が一般市民を脅すのはどうかと思う。
 非番らしく拳銃類を携帯していないのが唯一の救いだ。
 一見は、だけど。
 もしかしたらスリットの入った長いスカートの中に隠してるのかもしれない。
 昨夜見た洋画のワンシーンを思い出しそうになる、きわどい作りだ。
 なんて思い出して、色々考えてたらいつの間にかベットの上で正座していた。

「ちょっち前までは怖い怖いって私を敬遠してたくせにねぇ」

 本当に怖かったんです、ちなみに今でも十分に怖いです、なんて口が裂けても裂けなくても言えない。

「ま、それはともかく久しぶりね?」

「青森、でしたよね」

 転勤というか左遷というか。
 そうなった理由がどうも怪しいところだけど、父さんの話では幾つも階級があがったって聞いてたから、職務はしっかりと果たしていたらいい。
 "自分の仕事"はしっかりとするんだよね、ミサトさんは。
 興味が無い事には見向きもしないし、邪険するけど。

「良いところよぉ、だって、」

「リンゴが美味いとか、おきまりなこと言わないでくださいよ」

「・・・」

 ず、図星だったんだ!、絶対に!
 ボキャブラリーが貧しいよ!、ミサトさん!

「言ってくれるじゃない」

 腕まくりして、なんとなく目がすわってる。
 って、ああっ!、口にしてた!?
 でも気付くにはとても遅くて、僕は少しだけ克服した女性恐怖症を、また一つ根強いものにしてしまった。

 おきまりだと言えば、僕はこの街で近年おきまりな進路に進学している。
 どちらかといえばコンピュータ関連の企業が発達しているのだから、街を出ることなく職に就こうと思えばどうしてもそっちの方向に進む学生が多くなる。
 別に他の仕事が儲からないとか、将来性が少ないとか、そんな訳じゃないし、よっぽど待遇のいい職種も多くあるのだけど、この世代には慣れ親しんだ端末としてのパーソナルコンピュータに対する愛着のような物が存在するみたいだ。
 どうせ職につくなら自分にとってパートナーになり得る職業が欲しい。
 それが今の考え方だ。
 僕がほぼ毎日登校している学校は、そんな職業関係に対する学力を身につける為の高校なんだけど、幾ら興味のある授業でも毎日続けばそのうち飽き来て、だから授業中をネットで過ごしている人間もいる、ログとられてるのに・・・
 ケンスケなんかは携帯電話使ってるから大丈夫だけど。

「ほぉー、ミサトはんかえってきよったんか?」

 机の上で珈琲牛乳を啜りながら窓の外を見てる。
 飲んでるそれは中学時代にトウジがよく飲んでいた製品と同じ物、少しパッケージを変えただけで、僕たちと同じく中身は殆ど変わっていない。

「それで一番にアイに行くのがシンジか、」

 何となく冷やかしてる。

「まったく文字通りアイがあるんじゃないか?」

 怪しいサイト開きながら言う言葉じゃない。
 眼鏡が光ってるよ。

「僕に会いに来たんじゃなくて、父さんに挨拶に来ただけだよ」

「おまけっちゅうわけやろか?」

「ま、この街じゃ、親父さんかなりにモノだろ」

 何かダウンロードしてる。
 にこちゃんマークが赤、青、黄色、青、繰り返して変化している。
 ダウンロードの速度に比例しているらしい。

「顔は出しておかなきゃな、またよろしくお願いしますって」

 何か知ってるんだ、ケンスケは。

「未だに分からないよ、何してるのか」

「高校まで来て、親父の仕事の内容知らないなんてシンジくらいだぜ?」

 だったら教えてくれても良いのに。
 何度かケンスケに聞いてみたけど、誤魔化されてばかりでヒントをくれたこともない。
 今も僕が少しだけ睨みにもならない睨みを効かせると、涼しい顔でやり過ごしている。

「まぁ、少し大きくなった会社ってもんはさ、絶対に一度か二度は危ない橋を渡るもんだよ」

「めっちゃ意味深やなぁ、おまえのゆうこっちゃ、」

「今じゃ個人でも危ない橋わたって成り上がる奴もいるけどな」

「おまえはどうなんや?」

「あっ?、そうだな・・・ふっふっ、ふっ・・・」

 怪しい。
 毎年、年が明けるたびに怪しくなっていく。
 これはたぶん成長、じゃない。

「いいぞぉ、これは使えるぅー」

 解凍ソフトで中身を取り出してにやついてる。

「シンジ、おまえの親父さん、こんなやつちゃうやろな?」

「たぶん、」

 父さんの場合は、ねちっこく、暗くやるんじゃなくて、明るく悪いことを"どん"とやりそうな雰囲気がある、それも一度や二度じゃなくて・・・
 絶対にほめられることじゃないけど。
 ケンスケが中身のそれを起動した途端、

「おおぉ!、ダミーかっ!?」

 なんて慌て始める。
 こんな失敗もしないだろうなぁ。
 僕は虫に荒らされていくディスプレイを見ながら、ふとそんなことを考えていた。
























恋する

すとーかー

なんばーすりぃ♪





















 高校へと進学しても、日常的な何かが大きく変化する事なんて、そうそうある事じゃない。 大体身近の変化なんてものは、気付かない内に始まって、まるで慢性的な病のように進行し、また気付かない内に姿を隠す。
 でも消えた訳じゃない、確かに何かが変わっている。

「おはよぉ、碇くん」

「あ、うん、お早う、有坂さん」

 そう言葉を返して、途端に心の中に安堵が満ちる。
 普通に挨拶を返せた!、理由はただそれ一つだけである。
 しかし、横を通り過ぎていった彼女が、隠れるように漏らした笑い声を聞いた途端、安堵感は脆くも崩壊した。
 クラスメイト一人に挨拶を交わすたびにこれだ。
 毎日が安堵と困惑と羞恥と、不安に彩られているのは変わることのない日常へと落ち着いている。
 毎度の事だが、今朝の失敗を悔やんでいたシンジは、ふとこの"微弱ながらの耐性"を得ることになった事件とその人物を思いだしていた。

「惣流さん、今頃どうしてるのかなぁ」

「なんやぁ、いややいやや、ゆうといて、結局おのれもほれとったんかいな」

「そうじゃなくてさ・・・」

 付きまとって、好きなだけ虐めておいて(僕の印象)、ある日突然、姿を見せなくなった。
 それは二年くらい前になる。
 酷くいい加減だけど、特に嫌いだという訳じゃなくて"怖かった"だけなんだから、いなくなったらいなくなったで、ミサトさんが街を出た時のように物足りなさを覚えるようになる。
 彼女に関して、思うようになったのはここ最近だけどね・・・
 幾らなんでも"怖さ"がミサトさんとは比べモノにならないから。

「まぁ、一年以上つきまとわれてりゃ愛着だって湧くだろう、トウジ」

 愛着?
 うっ、悪寒が・・・
 ケンスケ、いい加減な事言わないでよ。
 何年も前のラブレター騒ぎを思い出して気が遠くなる。
 
「カッターナイフが、カッターナイフが・・・ブツブツ」

「おい、シンジが壊れてるぞ」

「おもろいやっちゃなぁ」

「刻み込まれたトラウマは、そう簡単に晴れちゃくれない」

「そういうこっちゃ」

 言いながらも、すっと、シンジの手の内からフライドチキンをくすねとる。

「トウジ、意地汚いぞ」

「まぁ、ええやないか、シンジは食欲がないんやろ」

 ちらりと、視線を向ければ枯れ果てた男。

「難儀やなぁ」

「難儀だねぇ」

 後ろからトウジの言葉をまねるかのように掛けられた声を誰も意識しようとはしない。
 虚しくいじけるストーカー男は今日も蚊帳の外だった。





「冬月、」

 ここは本当に社長室かっ!
 ボディガードの男は、初めての本格的な仕事で、よりによってもっとも"濃い"だろう大物人物の警護を申しつけられ、更にはこんなところでこんな風に部屋の中を物珍しげに見渡している。
 まるで何か悪巧みでもしていそうな雰囲気と、壁に掛けられた怪しげな絵画に気も狂わんばかりだ。
 そうか、これが本当の仕事なんだ!、俺もこれでようやく一人前だな。
 なんて事を考えている辺り、誤った喜びに目覚めるまでそう長くはかかりそうもない。
 片隅でまた一人頭の中を闇に犯されている人間が生まれそうなその時、肝心の大物は持ち余す暇をどうつぶしていこうかと思案していた、

「どうした?、息子でもぐれたか」

「呼ばれて早々何を言う」

「ふっ、お前の様な父親を持つ彼がかわいそうでな」

「老人は若さを呪う、貴様もその類か」

 どうだ、何も言えまい。
 この狸じじいめ。

「いかんなぁ、碇、そのような暴言は、お前もそろそろ仲間入りだよ?」

 そろそろ四十になるのだろう。
 世間では20、30、40、50という数字に敏感なものだ。
 敏感になる理由は様々だが、20で喜びを、30で焦りを、40で溜息を、50で落ち着きを得るのが一般的には常である。

「甘いな、その為の若妻だ、我が計画に破綻は無い」

「ば、バカな!、貴様そのような企みを!」

 そこまで計算していたとでも言うのかっ!?
 黒眼鏡男を畏怖して一歩身をひく老人。
 なにやってんだ、あんたら、等と無粋に水を差すような英雄は存在しない。
 新人ボディーガードは闇と格闘中、悲しいかな他の玄人達は殆どがすでに逝っているのだ。

「し、しかし、肝心の若妻に尻に敷かれては何も言えまい」

「許容範囲だ」

「彼女がムスコンで息子が女性不信になったこともか?」

「許容範囲外だ、・・・ムスコン?」

 ムスコンとはなんだ?
 息子コンプレックスか?
 息子コンプレックス。
 ニヤリ。

「冬月、お前も歳だ、ムスコンだろう?」

「碇、お前が何を考えているのか分からないよ」

「いや、若さ故にムスコンになるのか」

「忠告する、下ネタはよせ、男同士だと限りなくムサイ」

 聞くに耐えんな。
 渋そうな顔が更に渋く歪んでいる。

「しかし、女性職員の前で語ればセクハラになるぞ?」

 それは貴様が貴様だから。
 シンジ君が語ればセクハラにはなるまい。
 それはそれで妙な空気が流れそうだと、冬月は気付かない。

「世間は冷たいな、」

 眼鏡を外し、暗幕の掛けられた窓に近寄ると、それをサッと横に引く。
 強烈な太陽の灯火がダニ達を殺虫しようともがくが、不幸にも彼等は人間であった。
 結局の所、片隅で着任早くも思考回路を書き換えられそうになっていた人間がふと我を取り戻した程度の明かりでしかない。

「日の光か、」

「モグラにとってはあまり好意的な物ではない」

「だが日の光を全く必要にしない生き物など、生き物ではないよ」

「極端な事を」

「間接的にしろ、不必要な物からも何らかの恩恵を得るのが生き物というものだ」

「その為の彼女か」

 ぴくっ、

「冬月、」

「分かっておる、他言は無用、だな」

「時は満ちた、」

「しかしなぁ、碇、シンジ君はまだ17歳だろう」

「・・・、時は・・・満ちそうだ」

「妥協してどうする」

 はぁ、と闇に木霊した溜息の数は軽く五人分を越えている。
 立ち聞き、いや、嫌でも聞こえてくるその会話の内容に、幾らおかしな空気に慣れてしまったボディガード達も疲れ切っているのだろう。

「男子は18歳にならねば、世間的にある一定の感情を込めた白い目が向けられる」

「法律的にも、だろう」

「18禁とはよくいったものだ」

「碇、お前が何を言っているのか理解したくない」

「何故だ?、女子は早熟だからこそ早く解禁されるというのに、女子についても18禁は18禁になる」

「い、いかり、」

「男は分かる、18歳にならねばいろいろと制約があるからな、だがしかし、納得できん」

 碇、男は18歳になれば結婚ができるからこそ18禁という制度にも納得できるが、女は早熟だからこそ男よりも早く結婚が許される、ならばあーんなことやこーんなこともできるわけだから、女に対して18禁という制度は適切ではない、と言いたいのだろう。
 興奮するな、何を言っているのか本当に理解できん。
 ん?、まて、何故だ!?、何故私は解説をしているのだ!?

「碇、何があったか知らないが限りなく個人的な愚痴になっていないか?」

「う、うむ、そうだな」

 今更取り繕っても無駄と言うのものだよ。
 黒眼鏡を冷たく見下す。

「それで、肝心の」

 つんつんっ、

「五月蠅い、今は会議中だ、後にしてくれたまえ」

 何が会議だと言うのか。
 冬月老人は腰の辺りをつつく何かを追い払う。

「碇、肝心の仕組まれた子供は用意できたのか?」

 振り返った正装の似合わないオヤジの瞳は、黒眼鏡越しにも動揺の色を見せている。

「第一、あの技術をこのような個人的娯楽の為に乱用する事自体間違っておるのだ」

「くっ、」

 ふっ、用意できなかったのか、碇よ?
 お前もまだまだ未熟だな、単にコピーを柱にしたダミープログラミングも旨くこなせんとは。

「メモリの人工増設を行っても、肝心のプログラが完成していなくては何もできまい」

 ふふっ、ふふっ。
 くく、ははははっ、時代はまだ私に味方している!

 げしっ

「はぉっ!?」

「おのれっ、干涸らびたジジイの癖に見下すな!」

「き、貴様っ、事もあろうか恩師に"足"をあげるか!」

「とうっ、」

「ぐおっ!、地獄突きだと?、マイナーな技を使いおって!」

「ふっ、足でなければ良いのだろう?」

 また始まった。
 嘆息するガード。
 つんつん、

「んっ?、どうした、嬢ちゃん、迷子か?」

 老人をつついたものの相手にされなかった子供。
 ガード達はあの"オヤジ共"の連れだと思っていったのだが、間近で見てみればそうではないらしい。
 なんだ、おい、可愛いじゃないか・・・
 ガードの瞳は、ろりぃ♪、ってな感じだ。
 やはり精神的に少々おかしくなっている。

「何歳に見える?」

「ん?、嬢ちゃんか?、そうだなぁ、14か15だな」

 ぐさっ!
 誰もが、どたまに矢をいられたか、殴られたかのような衝撃を受ける少女をそこに見た!
 ふらふらっ

「お、おい、どうした?、嬢ちゃん!」

「田辺!、お前何をした!」

「うっ、俺はしらん!、しらんぞ!」

 うろたえる男に回りが冷たくなっていく。

「このロリータマニアめ!、性犯罪者!」

「鬼畜!」

「お、おい、」

「幼気な少女に手を出すとは、それでも貴様人間か!?」

「お、お前の方がロリな趣味入っていないか?」

「うるさい!、こうなりゃその歪んだ性格を粛正してやる!」

 わーわー、ぎゃーぎゃー。
 暗闇はそれによく似合う混沌に変貌していく。
 異種格闘大体会が開催される中で、一人の少女がふらふらと外へ出ていった。



















「と、父さん、なんだよ、その顔」

「なんだ?、私の何処がおかしい」

 何処がって、蜂にリンチされたみたいに腫れ上がってる顔してる癖に、よく言うよ。

「ふんっ、私の顔に見とれるのは勝手だ、しかしホモっ気を出している暇があるなら、女でもナンパしてくるんだな」

「はぁ・・・」

「むっ、人の神経を逆撫でするような目つきはやめろ」

「しくしく、シンジは私よりお父さんの方が好みなのね」

 今更だけど、この人達はなんて夫婦なんだろ・・・
 せめて親ぐらい選ばせて欲しかったな。
 何も無かったように夕刊に目を通す父親と泣き崩れる母親を前にして、シンジは一時的にではなく、慢性的に食が細くなっていくのを自覚していた。
 だがこれも毎日のことである。 
 生まれてこの方、親を誰かと交換した経験の無いシンジにとって、それが現実としての問題ならば食欲などという生理的な体長変化も消滅しているに違いない。
 じゃあこれはなんだろう。
 この食道の辺りに何かがつっかえるような感覚。
 偏頭痛をともなう悪寒。
 寿命が縮まってるような・・・

「ユイ、」

 大切な何かを思い出したようで、ゲンドウは手に持った怪しい記事から顔を上げる。

「メモリの増設に成功した、後は君の仕事だ」

 ふっ、と、明らかに大事を成し遂げたような達成感がその顔にある。
 父さん、また何か悪いことでもやったの?
 父の仕事を知らない、それは罪でもなんでもないのだが、シンジは父親の職に関してただならぬ偏見を持ち合わせていた。

「あら、もう終わってるわよ?」

「なぁにっ!?」

 ああっ!、まだ読んでないのに・・・
 折り込みからまっぷたつに引き裂かれた悲しき夕刊。

「データの移送はどうした?、まだ"それ"自体完成してないと報告が来ている」

 貴方、今更ハードにキメても無駄よ。
 取り繕うように真面目な顔で腕を組んだが、息子の眼差しはさめざめとしている。

「あれはあくまでHITOだ、OSではない、事を急いで性格の修正が起きては問題になる」

 ヒト?、OS?
 なんだろ、データとか・・・
 HITO、ヒト、人、アプリケーションのコード名?
 聞いたことがない。
 開発コードなの?
 母さん、さっきから僕の方をちらちら見てる。
 いつもみたいに"変な意味"じゃなくて、話を聞かれたくないみたいに。
 あぁ、やっぱり仕事の関係なんだ。
 それを理解すると同じくして、シンジはその意味を理解していた。
 ヤバイことしてるんだ!、きっと警察ごとなんだ!
 涙目。
 シンジはその意味を理解するのではなく、正しくは"誤解"していた。

「アレの前例がある、今度失敗しては君の責任問題になりかねんぞ」

 け、消されるの?
 その結論をどこから引っ張り出したのか、危ない方向へと導き出していた。
 貴方、シンジが壊れてますわ。
 ゲンドウは何処か遠くを見つめているようで、回りの変化など気にしてはいなかった。

「あの素体を無駄にしては、それこそ全てが無駄になるからな」

 し、死体!?、死体!?
 よりいっそう危ない方向へと進み出す息子。
 しくしくっ、シンジ、そっちにいっちゃ駄目よ・・・
 母親はハンカチをくわえている。

「メモリに記憶として記録させるためには時間が必要ではなかったのか?」

「え、ええ、以前までの記憶を消して、記録を記憶として記録させるには少し時間が必要でした、着床を急ぐとそれ自体を変えるような、強引なエラー修正が行われますもの」

「その口調からして、本当に終わったとでも言いたそうだな」

「起動後、現在までの経過として主な問題は起こっていません、」

 ふむっ、
 顎をさすり、破れた夕刊に視線を落とす。

「成功、です」

「そうか・・・」

 満足そうに、微かな笑みを浮かべる男。
 程なくして、ゲンドウが夕刊をセロテープで補正し始める。
 シンジがまだあっちの世界から還って来ていないことに母が気付いたのは、日も暮れた夕食の後だった。






 つぅずぅく♪






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編集後記

んー、終わらない。
まだまだ続くよ(笑
さて、大きな変化が起こりました。
ニュータイプな人ならば展開が読めるかもしれません。
普通の人もそれなりに(謎



黒「い、いなくなった、ホッ・・・」
犬「くーん」
黒「あれ?、いたの?」
犬「ぐさっ」(ポテッ)
黒「駄目だよ、こんなところで寝ちゃ」
犬「・・・」
黒「あ、犬だから、大丈夫、ね」
姉「そう?」
黒「だって、犬だよ?」
姉「獣ね」
黒「うん」
犬「しくしくっ」
黒「お腹撫で撫で」
犬「あっ♪(ハート)」
黒「毛深い・・・」
犬「がーん」