2002-1
まずは、準備編
この時が一番、充実してたりもする。
2001年夏から秋へ
最北へのネタ探しから考えると僕の準備は年中無休だ。
春頃から旧車イベントつながりの、ダイハツ3輪トラックの川原君が、最北端に興味を持っていて、
会う度に、冬の北海道の事を聞いてくる。
彼は、草むらに放置されていた放置3輪トラックをナンバー登録まで自力で再生し、便利な乗り物として、時には運送屋の手伝いなどしながら、あちこち走っているという、そんな彼なら、ちゃんとメンテナンスして、タイヤさえ冬用に換えれば、行けるのでは、、と話していた。
紅葉も終わりに近づくと、本格的に自分の乗り物を探さなくてはいけなくなった。
しかし今年は、良いネタがない事もあり、気持ちも盛り上がっていかない。
ただ3輪トラックが、最北端に行くかも知れない、それならぜひ自分の目で、確かめたいという、
思いは強く、とりあえず今年も行くことだけは決定した。
今回、家族の都合で最北端に行くのは僕一人となっているために、サポート号もない、ここは
ひとつ、最初から3輪トラックに乗せてもらい、サポートもしてもらおうかと考え、川原君に相談する。
むこうも、北海道が始めてで、全てこちらの予定に合わせてくれることで、サポートカーとしても動いてもらうことで、計画成立。
そうなると、こちらのネタにも多少の膨らみが出てくる。
トラックの荷台になら、サイドカークラスのものでも搭載可能。
11月あたりでの候補は、ダイハツ3輪のハロー これは安産祈願のお参りに渋々付いていった先で発見したもので、民家の軒先に置いてあった、家族サービスもするもんですなあ。
これは、知り合いを通じて、交渉してもらう。
これが実現すれば、ダイハツ3輪つながりで、トランスポーターと最強のコンビ。

またひとつは、国籍型式、不明、原付カーなのですが、近くの修理工場で発見。
これは、仕事がらみで交渉しようと思い、とりあえずそこへ行く用事ができるまで待つ。
あと一つは、友達が率先して車両提供してくれるという、ホンダピープル、
条件としては、不動のものを動かす事。
あと、番外編として、少年スポーツ自転車。(ちょっとギャグ路線にはしりすぎか)

不動のピープルを引き取ってきたが、原因が分からない、電気は飛ばない、ガソリンも来ない(笑)
キャブ周りは正体不明の配管が入り乱れていて、見当が付かない。よくもまあこんな所に、うまく付けてあるなあと感心するだけに、とり回しはややこしい。しまいにはエンジン10分ほどで下ろせるぐらい、何度も脱着しで試した。
ピープルは、今回の有力候補、なにしろ手軽だ。今までにリトルホンダという4サイクルエンジンの自転車バイクで行ったことがあるので、自分の中では新鮮味にかけるのだが、ピープルの方がより自転車に近く、
エンジンレスでの走行はペダルとタイヤの変速比も自転車と同じで(リトルホンダの方はかなりギア比が大きく漕ぐのはしんどかった。
不動の原因は、エンジン側に付いているスイッチや、負圧配管の途中にはいっている、フィルターのようなものが悪かった、これだけに10日間ぐらい往生したので、エンジンがかかったときはうれしかった。
タイヤ、プラグはすでに生産中止で在庫もなかった。
このピープルであちこち試走に出かけながらも、他の乗り物の線も並行して進めるが、
結局どれもダメになり12月頃にピープルに決定する。
12月になり3輪の話を煮詰めていく。
トラックの荷台には、川原君が普段ガレージの倉庫として使っている、アルミのコンテナを載せ、
居住スペースとして使うつもり、こうなると僕の念願だった、最北キャンピングカーデビューだ。
12月24日
午前中に家族を駅まで送り、その足で堺に向かう。
この準備が初めからだったので大変だった。
まずコンテナは、中にものがぎっしり詰まったまま、それを外に出す作業から。
上にはFRPのボートが載せてあったりと、住宅街でこういう趣味をやっていく苦労を忍ばせる光景だ。
メインは借りてきたフォークリフトでコンテナを上げるのだが、フォークの先が届かなくて、うまく持ち上げられない。しかし、こんな事で挫折してられないので、斜めに無理矢理上げ、3輪を滑り込ませるように荷台に載せるが、月極ガレージでの作業は他の車もあり、仮の積み込みが終わった頃には日も暮れていた。
それから今度は、別の場所へ移動して、冬タイヤの入れ替えと、コンテナの最終据え付け。
妙にでかいコンテナを、ロープだけで固定した3輪トラックが、ふらふらと住宅街を抜けて走る様を、後ろから付いて見てみると、いったいここはどこ?発展途上国のよう。
知り合いの運送屋さんと言うところで、今度はコンテナの向きを変え据え付けるのだが、ここでもフォークリフトのバッテリーがあがっていて、なんやかんやあったが、動かして何とか据え付ける。
コンテナは3輪の荷台のアングルが邪魔をして、キャビン側にぎりぎり寄せられず、荷台から後ろ60センチほどはみ出したが、仕方ない、今度はタイヤの入れ替えなのだが、安く上げるために、2人がかりでハンマーとタイヤレバーで交換するつもりが、その工具がどこにあるのか分からず、大探し、結局あきらめたが、トラックをリフトとジャッキで上げていたときにバランスを崩してしまい、コンテナの下敷きになる寸前で止まり、命拾いした。
この調子では明後日の出発に間に合わないと言うことになり、一日フェリーを延期の決定。
帰り道、日付の変わる頃、梅田ではクリスマスイブ一色の町明かりの中、汚い作業着で180円のラーメン
を食っていると、ホントにこれから大丈夫かなあと、少し不安になった。
12月27日
夕方、3輪トラックが綾部に到着、道中、スタッドレス特有の腰のなさと、道のわだちなど絡み合い、
アスファルト上ではかなり走りにくかったよう、固定していたはずのコンテナが少しずれていたりして、
修正するが、今後少し心配。
コンテナにこちらから用意していた、畳2枚、テーブル、ガスボンベ、コンロ、ストーブ、発電器、バイクと放り込む。全てが機能すれば、2畳の居住畳スペースに、1畳分の玄関、バイク工具置き場、電気は750ワットまで使用可能、液晶テレビ、ラジオ、電気毛布、川原君のモバイル器機も入れれば、ネット接続も完璧。
天井に家から外してきた蛍光灯。この色合いで家の落ちつきが楽しめる。用意もそこそこに、いよいよ出発。
初めてここで3輪トラックに乗ったのだけど、窓から見る景色は上下に狭い。
このダイハツ3輪は、川原君が元々ガソリンエンジンだったものを、電気モータに
換装したり、その後マツダタイタンのディーゼルに載せ換えたもの、エンジンの調子はかなり良いが、元々コラムシフトがタイタンのミッションのフロアシフトになっているので、足元は少し狭い。
CD に入っているのはエルビスプレスリー、川原君のお気に入りだそうだ。
大音量でならし夜のフェリーターミナルへ向かう。中、外ともにかなり濃い。
川原君の携帯に知り合いの2輪販売業者から今近くの港にいるという連絡があり、寄り道することにする。
待ち合わせ場所は北朝鮮の船の近くにいるという事で、それらしい船の埠頭を何度も往復。
丁度この頃、不審船の発砲騒ぎのあった直後で、 パトカーが案の定寄ってくる。
しかし赤灯つけるな!ちゅうの。まだ悪い事しておりません。
まあ怪しいことは間違いないけれど、ぼろぼろの3輪トラックに、不釣り合いなコンテナを載せ、北朝鮮の船の前の暗がりで携帯電話しているのだから。
お互い、懐中電灯で顔照らされ中の荷物を見せて欲しいなど、職務質問受けるが、パトカーの方もこの3輪トラックが珍しいのか、これ高いでしょう?などととんちんかんな職務質問。川原君はいやこれは3千円で買ったのだとか、今から北海道にこれで行く、だからフェリー乗り場はどこですか?と適当にごまかして、フェリー乗り場に着く。
ここで一画策あった。
フェリーの料金は、予約時に電話で車検証の車両の全長から料金を決められている。実際は積み荷がはみ出していたりしていたりしているのだが、チケットはすでに手にいれ、ターミナルで乗船手続きする。
普通は、書類のみの提出で車を実際見られることはまずないからいけるだろう。
係員が、車検証をじっくり見ている。心の中で「早くすませろー」
ナンバーの区分けが66なので係員が首を傾げる。
「この車はなんですか?」「ただの三輪トラックですけれど、、、」と言った瞬間ただの三輪ってないか?!
「ただ古いだけの車で、どうという事はないですよ」「今、停めてありますか?」「いや見ても同じですよ、古いだけですから、、」係員は見に行ってしまった!「積み荷が大きいですね、計ります」荷物の長さ込みの実寸を計られている最中にも、トラックのハンドルをいっぱいに切り、少しでも3輪のトラックの全長をなんとか縮めようと 悪あがき、しかしどうにも逃れられず追加の料金を追加で1万7千円ほど払う。
川原君「次回はフレームをプラズマカッターで切ったるわい」
今から思うと、このせこさが後々のトラブルの元となることはこの時点では知る由もない。
つづく