どこからかあたしを呼ぶ声がする。
あたしは数え切れないくらいのお菓子に囲まれて幸せな気分でいるのに!
もう! いったい誰!?
バッと振り向いた瞬間。
どさっ。
じーん・・・。
「いったぁーい・・・」
あたしはベッドから落ちて、お尻をしたたかに打ってしまっていた。
「なんだぁ・・・夢だったの・・・?」
寝ぼけまなこでお尻をさすりながら、今さっきまで見ていた甘ぁい夢を思い出して思わず落ちそうになるほっぺたを押さえていると、頭上からくすくす笑う声がする。
「よっぽどおいしい夢でも見ていたんだろ? よだれ垂らしながら幸せそうに寝ていたよ」
見上げると兄さんが、笑いをこらえています、でも思わず笑っちゃうんです、みたいな顔であたしを見ている。
「なんだ・・・兄さんだったの? え? よだれ? うそっ!?」
兄さんの『よだれ』発言があたしを一気に現実へと引き戻した。あわてて枕を見てみるけれどシミなんて1つもないし、口元をさわってみても濡れてなんかない。
「兄さん、だましたのね!」
あたしはたれぎみの目をめいっぱいつり上げ(たつもりで)、あいかわらずくすくす笑っている兄さんをにらんだ。
兄さんはくすくす笑っていたけれど、あたしの顔を見て今度はにっこり笑った。
「だましたなんて、そんなつもりじゃなかったけど、ごめんよ、リムリア」
兄さんはいつもこんな風に笑う。
まるで何もかも包み込んでくれるような笑顔で。
こんな顔されたら、怒る気なんてどこかへ行ってしまう。
「朝ごはんだって。行こう、リムリア」
少し大きめのパジャマから半分出ている手のひらを優しく握られて、あたしは自分の部屋をあとにした。
兄さんはあたしと同じ日の同じ時に生まれた。
あたし達のことを、世間では『双子』というらしい。
『双子』というのは1人の人間がお母さんの中で2人になったのだと、ずいぶん前にお母さんに聞いたことがある。もともと1人だから、顔も似ているし、お互いのことも分かるのだと。
それを兄さんと2人で聞いた時、あたしは兄さんの顔をまじまじと見たのを覚えてる。
「似てないもん」
そう言ったのも覚えてる。
「兄さんの方が、ずっときれいだもん」とも言った。
その時の兄さんの表情は、自分が言ったことよりもはっきり覚えてる。
うれしいような、でも淋しいような、とても1つの言葉では言い表せない、たくさんのヴェールを重ねたような顔だった。
兄さんのそんな顔を見て、あたしは何だか言ってはいけないことを言ってしまったような気がした。
「リムリア、どうしたの?」
今よりももっと小さかった頃のことを思い出していたあたしの顔を、兄さんが不思議そうにのぞき込んでいる。
手にはうちのニワトリが産んだ卵で作ったゆで卵を刺したフォークを持って。
「ごはんの時に考え事なんて、珍しいね。あ、さては好きな子でもできたの?」
「ちっ・・・違うもん!」
「ひょっとして、セイランだったりしてね」
あたし達にはあまり友達がいない。
なぜなのかは分からないけれど村の人もなんだかあたし達を避けているような気がしていた。
セイランというのはそんなあたし達の数少ない友達だった。
「何言ってるの兄さん! あたし、別にセイランなんて・・・!」
兄さんはあたしの言うことが分かっているのかいないのか、あの笑顔で微笑んでいる。
「違うもん、違うもん! あたしが大好きなのは!!」
・・・自分の声で目が覚めるということは、本当にあるみたい。
あたしは小さな宿の小さな部屋の小さな窓から、月を眺めた。
兄さんの夢は長いこと見ていなかった。
見たくても、兄さんは夢の中に出てきてはくれなくて。
あたしが1番幸せだった時。
目が覚めると兄さんがいて、兄さんと一緒にごはんを食べていたあの頃。
兄さんがいつもあたしに微笑んでいてくれたあの頃。
あの頃の夢だった。
あれから何年も経った。
兄さんと離れ離れになってからも、長い時が流れた。
「きっと、会えるよね・・・兄さん」
そうに決まってる。だって、兄さんの夢を見れたから。
「お母さんが言っていたよね。あたし達は『双子』だから、お互いの気持ちが分かるって」
兄さんが夢に出てきたってことは兄さんにもうすぐ会えるってこと。
兄さんも、あたしのことを考えてくれてるって証拠。
「そうだよね、兄さん・・・」
あたしは月に向かって手を差しのべた。
兄さんはきっとまたあたしの手を握ってくれる。
あの時のように微笑みながら。
あの幸せな夢と同じように。