「リー様。検査の結果、特に悪いところはないようです」
白衣を着た若い男はそう言った。
ここは、西天フェイが治める西政区のSIVA本社ビル内にある研究室。
今日、南天リーはスケジュールの合間をみて、一人でここへ検査を受けに来ていた。
「そうか・・・」
そうつぶやいたリーに、さきほどの男、西天フェイの部下であり科学者でもあるリュウケイは答える。
「しかし、お話を伺うと体の調子が思わしくないそうですし・・・。いったいどうしたというのでしょう?」
握った右手をあごに当て、軽く首をかしげて考え込んでいる。その様子はまるで女性のようにも見える。「西天フェイの寵児」と影で囁かれるのも無理はないのかも知れない。
「再調整をお願いしたい」
やけにきっぱりとした口調でリーは答えた。
「しかし・・・」
ちらっとフェイの方に視線を移し、リュウケイは言葉を濁す。
その視線を受けて、フェイが言葉を続ける。
「リー殿、少しお疲れになっているだけでしょう。調整などせずとも少しお休みになれば」
「いや、今は疲れたなど言ってはいられない。儀式の準備を進めなくてはならない大事なときだ」
そう答えたリーの顔に浮かんだ、微かな感情の動きをリュウケイは見て取った。しかし何も言わない。少し考えた後に
「わかりました、リー様。調整の件、承ります。しかし、今日はお忙しいのですよね?」
「済まない。勝手ばかり言うが」
「いえ、お気になさらずに。私はいつでも構いませんから」
その言葉を聞いたリーは、ふっと、気付いたように腕の時計に目を下ろす。
慌ててリュウケイが言葉をはさむ。
「無駄話をして申し訳ありません。リー様、時間の方は大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。フェイ殿、私はそろそろ失礼させていただく」
SIVA本社ビル。
すっきりとした外装、60階建てのビルは西政区のどこからでも見つけることが出来る。
廊下には毛足の長い紅い絨毯、壁には名も知られていない者が描いた風景画、そしていたるところに置いてある観葉植物。
そういったさりげない調度品は、すべてリュウケイが用意したものだ。
そんな中を「そこまでお送りしますよ」と言うフェイとリュウケイ、そしてリーの3人は連れだって歩いていく。
リュウケイの研究室からエレベータホールに向かっているが、誰ともすれ違っていない。
空調の微かな音が響く以外、静かなものだ。
それもそのはず、数日前からSIVA本社ビルは冬季休業中なのだ。アウターワーカー達の姿も見えない。今現在ビル内にいるのは少数の社員と警備員、そして、その何倍もの数の警備ロボットぐらいだ。
(先日の本社ビル爆弾テロ事件以来、警戒が厳しくなっているな)
そんなことを考えながら、リーはエレベータに乗り込んだ。
ピンッ。
軽い電子音と共に、エレベータが一階に着き、3人はエレベータを降りた。
「ではリー殿、私どもはここで・・・」
「それでは、調整の件、よろしくお願いする」
「調整のスケジュールは空けておきますので、いらっしゃるときにまたご連絡ください」
リュウケイは相変わらずの笑顔でリーを見送った。
そして、リーはロビーへと続く階段へ向かい、階段を降りようとした、ところが・・・。
階段の一番下から、こちらを見上げている者がいる。
若い男女の二人連れだ。服装からして、アウターの人間だろう。
それと、ロボットが一体。あれは、本社ビルのガードロボットではない。
若い女が口を開いた。
「南天リーね」
「シャオメイを返していただけるかしら?」
その言葉を聞いて、リーは思い当たるものがあった。
いつも自分とともにある二人の重臣のうちの一人、エルファスの言葉がよみがえる。
「双子の片割れを始末しようとしたところ、民警と探偵が出てきまして・・・」
(こいつらなのか)そう思ったリーは、こう答えた。
「お人違いをなさっておいでのようだ」
「あら、そうかしら」
女は挑戦的な瞳でリーを見据えている。
「あまり、人を疑うものではないな」
言いながら、リーは右腕を水平に胸の高さに上げる。
意識を集中させるため、ささやくように、まじないの言葉をつぶやく。
「リーが命ずる。全ての者を焼きつくせ。轟火爆裂」
リーの黒いマントが風もないのにはためき、指先から前方に小さな火花が飛んだかと思うと、その小さな火花は階段の下の二人連れの前であっというまに大きく膨れ上がり、爆裂した。
2人連れの服はちりちりと燃えてはいたが、燃え上がりはしていなかった。おおかた、不燃性の衣服を身に付けているのだろう。しかし、ダメージが無いはずはない。まだ意識はあるようだったが、片膝をつくのがやっとという状態だ。
そして、爆発音を聞きつけたか、バタバタと数人の警備員が走ってくる足音が聞こえてくる。
「ほう、耐えられるのか」
しかし、片膝をついているとはいえ、無事な2人連れにリーは驚いているようだ。だがすぐさま、さきほどと同じような火球を2人連れに食らわせた。
火がおさまってみると、2人は完全に意識を失い、階段の下で焼け焦げた紅い絨毯に倒れ込んでいた。
「ヴュ、ヴヴヴィッ!」
倒れ込んだ2人と一緒にいたロボットが、2人を庇うかのように前へ立ちふさがった。
「なかなか、けなげじゃないか」
騒ぎを聞き、駆け付けたフェイがリーの前に進み出る。
そして、手を振ると、ロボットの腕が、足が、見えない刃に、フェイが操る風の刃によって切り刻まれていく。
そして、空中に蒼く透き通る腕が現れたかと思うと、その腕にロボットは掴み上げられ、そして、粉々に握りつぶされていた。
フェイがダーサの力で「風霊」を呼び出したのだ。
「フン、機械仕掛けが!」
フェイは口元に嘲りの笑いを浮かべ、すでにバラバラになってしまったロボットの部品を更に足で踏み付けている。
「フェイ様・・・」
リーの後ろで一部始終を見ていたリュウケイは、そんなフェイの様子を見て顔を曇らせる。
リーは、そんな二人の様子など目に入っていなかった。
(まさか、私の「力」が落ちているのか?)
そんな事があるはずはない。
今までなら即座にそう思っただろう。しかし今の自分には、自信を持ってそう考えることが出来ない。それはなぜなのだろうか? そして、こいつらは一体・・・。
「しかし、その二人、何者であろう? 私の力に耐えるなど・・・」
思わず、リーは考えていたことを口に出してしまった。
「リー様、この二人、私にお預けくださいませんか? 詳しく調べてみたいのです」
リュウケイはリーの言葉を受けて、そう答えた。
「・・・・・。おまかせしよう」
「ありがとうございます」
そう答えたリュウケイの顔にさきほどの曇りは、もうなかった。
フェイが、警備員になにごとか指示をしている。あの2人をリュウケイの研究室に運ぶのだろう。リーはなんとなく、帰るタイミングをはずしてしまっていた。
(ここが、一段落してから帰ろう)
そう思ったリーの目にふいにあざやかな黄色が飛び込んできた。「それ」はメインロビーの受付ボックスにあった。
そのボックスには一人、受付嬢が立っている。しかし、さきほどの騒ぎに動じた様子はない。
当たり前だ。彼女はロボットなのだから。定められたプログラムに従い、社内の案内を行うだけのシステムにすぎない。そう、街のいたるところに置かれている「SIVAネットワーク端末」と、さほど変わりはしないのだ。
その受付嬢の傍らに「それ」はあった。鉢植えの花だ。
リーは、今まで何回とも無くここへ来ているのに、今まで「それ」に気付いていなかったのだ。
受付ボックスを凝視しているリーに、リュウケイが声を掛けた。
「何か、珍しいものでもありますか?」
「いや、別に」
リーは、そういうと受付ボックスから視線を逸らした。
しかし、リュウケイはリーの視線の先にあった花に気が付いた。
「ああ、それは・・・、フクジュソウという花です。あっ、もしよろしければ、お持ちになられますか? 巫女さまに差し上げてください。きっと、喜んで頂けると思います」
そこで、ふっと視線を落とし、リュウケイは言葉を続ける。
「・・・あまり、外にも出られないのでしょうし。・・・あっ、すみません。私が言うべき事ではありませんね」
「喜ぶ・・・? シャオメイが・・・?」
リーは、わからないと言った表情だ。
「ええ、たぶん」
クスッと微笑んでリュウケイは言葉を続ける。
「あっ、このままじゃなんですから、包みますね。少々お待ち願えますか?」
リュウケイはすぐに戻ってきた。
何処にあったのかと思うが、透明なビニールに透けるような薄い紙を重ね、色付き紐でラッピングされた鉢植えを持って。
「すみません。あり合わせのもので、申し訳ないのですが」
「すまない。では、私はこれで失礼する」
リーは、SIVA本社ビルを後にした。
リーは小さな鉢植えを抱えて、幻影城の廊下を歩いていた。
廊下の所々にいるタイラントの一人がその姿を見て、「おやっ」とでも言うように首をかしげている。
延々と続く廊下を歩き続け、リーはある部屋の前まで来た。
今、ここはシャオメイが使っているのだ。巫女としての務めを果たすとき以外のほとんどの時間を、彼女はこの部屋で過ごしている。
扉の前に立ち、一呼吸置いて扉をノックする。
「はい」
中から、シャオメイの澄んだ声が聞こえる。
「私だ」
「リー! あっ、待ってください。今、開けますから」
パタパタっと人の近付く気配がし、扉が開かれる。
そこには、最低限の調度品しかない、殺風景な青一色の部屋が広がっている。
女の子一人には広すぎるほどに、そして寂しい部屋だ。
「リー、立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「いや、ここでいい。すぐ行かなければならないからな」
ノックをしたその場所で、リーは立ち止まり、部屋には入らない。
「そう、ですか・・・。でも、うれしいです。・・・あなたが来てくださって」
「シャオメイ、これを、お前に」
リーは手に持っていた鉢植えを、彼女に手渡す。
「これを・・・、わたしに・・・?」
かなりの身長差があるため、見上げるような形でリーと目を合わせたシャオメイは、少し驚いたようにリーを見つめる。
「ああ、西天殿のところにお邪魔していて、その部下のリュウケイが、お前にどうかと」
「そうなんですか。その・・リュウケイさんにお礼を伝えてください。とてもうれしいです、と。この花は、フクジュソウですね。・・・母が好きな花でした」
「リー、花言葉、って、知っていますか?」
「いや・・・、知らない・・・」
「花言葉というのは、花に込められた人の想いをあらわすものなんです。フクジュソウの花言葉は・・・永遠の幸せ。・・・この花は幸せを運ぶと言われています」
「・・・・・」
リーは黙ってシャオメイの話を聞いていた。
「私・・・みんなが幸せになれる世の中が来るために、こんな私の力が少しでも役に立つのなら、そのお手伝いが出来ればって思います。でも・・・私は・・・。いいえ、なんでもありません」
どう答えていいのか判らない、というようなリーを、少し哀しげな瞳で見つめたシャオメイは無理に声を明るくし
「早速、この花を飾らなきゃ。あのサイドテーブルの上なんか、いいかしら」
そう言うとベットサイドのテーブルへと足を向ける。
そして、先程言えなかった言葉を、心の中でつぶやく。
(リー・・・、私はあなたに幸せになって欲しい・・・)
今まで、青い闇の中のようだった部屋に、小さな黄色の明かりが灯る。
「幸せ・・・か」
シャオメイに聞こえないように小さな声で、リーはつぶやく。
しかし、今はまだ、誰も知らない。
シャオメイと南天リー、それぞれが歩んでいくことになる運命の道を・・・。