無理矢理解説者:Kazuu T

2000

2000年 6月 4日 Trophy in モロッコ
日本代表 対 フランス代表
Score:2−2(PK2−4)

A代表の試合を久々に見た。
いままでいた「じじいども」が半分ほど居なくなり、替わりにオリンピック代表の面子が底上げした日本代表。
大半がフランスW杯優勝メンバー、特に「ジダン」「デサイー」といった「超一流」どころがスタメンに名を連ねていたフランス代表。
「アンリ」に至っては調子が思わしくないので控えという、「調子がよかったら出すつもりだったのか?」と突っ込みたくなる豪華メンバーである。

フランスよ、たとえ大事な試合の前哨戦とは言え、豪華すぎるぞ。

スコアを見れば大健闘と言える日本代表ではあったが、フランスの得点はほとんど個人技。
全体のまとまりとしては些かしょぼい内容ではあった。
特筆すべきは決定力不足といわれ続けた日本代表のオフェンス陣の頑張り。
ちゃんとフランスディフェンスを崩せてるじゃん。
途中出場:三浦の切り返しフェイント後のアーリークロスに西澤がダイレクトに反応した2点目は、芸術の域に達していた。
それを支えたのは、名波・稲本ボランチコンビと盛岡のDF。
代表戦で中田が前を向いてプレーできたのは中盤の底がしっかりしていたからだろう。

惜しむらくは、インターセプトからの速攻に弱い3バック。
特にマツダ。
あんたそこでこけちゃだめでしょ!

日本DF陣から徹底的に潰されていたはずの「ジダン」という男は、フランスの得点に全て絡んでいた。
奴は潰すだけじゃだめなのだ。たとえ、後ろ向きでボールをもらって周りを囲まれても突破してきやがる。
ボールにすら触わらせてはだめなのだ。
それが世界最高のMF「ジダン」なのだ。

2000年 2月 6日 セリエA in Itary
ローマ 対 ヴェネツィア(HOME:ローマ)
Score:3−0

半年も書き込まないでいると、サッカーは全然ちがう形を我々に見せてくれる。
日本人選手の海外移籍

中田英寿(ペルージャ→ローマ)
名波(ジュビロ磐田→ヴェネツィア)
城彰二(横浜Fマリノス→R・ヴァリャドリッド)

日本人選手の海外進出は結構なことだと思う。
世界に身を置いて、各々のポテンシャルを更に広げて最高のPlayを我々に見せてもらいたいものだ。
・・・出来れば日本で見たいけどね。

さて、そんな中TVで中田を見ることが出来た。

あいにく、Aマッチ出場の為、名波がいないヴェネツィアとの試合はワンサイドゲームとなった。

ローマというチームはフロントとバックの役割が明確なチームだといえる。
トッティを中心にサイドを駆け上がってくるカフー。
この二人の存在感は圧倒される。というか、FWの名前を忘れてしまったくらい2人が印象深かった。

DFはフラット3にみえた。
その上に中田ともう一人のボランチがいるのだが、中田はカフーの上がった裏のスペースをフォローに回っていることが多かったので、右斜めに並んでいるようにも見える。
ただ、中田に限らず、すべての選手が絶え間なくポジションを移動していた。そして、ボールはもっとも効率的にトッティ・カフーコンビに供給されていた。

圧倒的点差を付けた後、トッティがピッチから退き、そのポジション(TOP下)に中田が入るという日本人にとってはまさにショータイムが10分ほど演じられたが、中田本人が「昨年一年かかって得たチームの戦術理解・信頼関係を一から作りなおすことになる。それをシーズン途中から・・・」と語っているように、ほとんどラストパスが通らなかった。

ローマが勝った。中田が所属するチームが勝った。
それでいいのだと思う。チームが勝ったという事実の前に、中田のポジションがどうとか言うのは関係が無い。
少なくとも、中田のプレーは俺を魅了していた。

1999年 8月15日 J1リーグ in Japan
名古屋グランパス 対 京都サンガ(HOME:名古屋グランパス)
Score:0−3

今週はいつも通りTV観戦である。

先週述べた京都サンガのDFが少し変わっていた。
シジクレイがDFラインとクロスするのは、改善されたようだ。
前節現場で見ていて、「シジ、下がれ!」という声がピッチで飛んでいた。これは前半シジクレイが上がり過ぎてボランチとして機能していなかったせいがあったのかもしれない。それでシジクレイが声の通り下がり目でプレイしようとしていたため、DFラインとの意志の疎通が取れずにいたようだ。

そして私が感じたことがもう一つ、加茂サッカーはDFとOFの切り替えの速いチームにあっているということ。

今まで、日本代表で見た加茂サッカーは中盤を意識する余り攻撃への切り替えが遅くなっていた。それを補うためにサイドバックからの切り崩しを多用していた訳だが、カウンターにめちゃめちゃ弱かった。
京都サンガではボランチをディフェンスに徹底させて、DFラインを左右に柔軟に調整する。極力サイドバックが上がらなくて済むように、3バックにして中盤に5人から6人(内1人をボランチ)にすることで、サイドからの攻撃も可能にしている。また、もどりも早くまさに全員ディフェンスといった感じである。

そして、最大の変化はリードしているときに守りに入ろうとして、FWはずしてDFを入れるという、加茂さんの悪い癖が今のところ出ていないということである。今節に関して言えば故障したパウロ・マギノに変えてオフェンシブハーフの大槻を投入したというあたりに、モアオフェンシブ加茂周を感じた。

さあ、2連勝の勢いを消さずにどんどん邁進して頂きたいものだ。

1999年 8月 7日 J1リーグ in Japen
京都サンガ 対 浦和レッズ(HOME:京都サンガ)
Score:2−1

基本的に私はTV観戦はである。
棲んでるところが田舎であるのがその原因である。
田舎はつらい。

サッカー観戦における基本スタンスの一つとして、地元クラブを応援するというのがある。
私の場合、田舎ながらも京都府在住ということもあり、京都パープルサンガのサポーターであることを公言している。
昨年まではサポーターズクラブにも所属していたが、今年は諸事情により退会していた。

ところが、会社の上司からチケットを頂いたので、実は初めてゲーム観戦にスタジアムへ赴いた。

浮かれ気味にスタジアムに入場。売店で高価なレプリカジャージを買い込み、便所で着替える。
彼女の白い目が痛い。

初めての現場観戦ということもあり、試合の流れを追うのに苦労する。

前半明らかに、サンガのDFラインは崩れていた。
システムは3−5−1−1という変形3−5−2。
しかし、センターバックであるはずの手島がたぶん岡野を意識する余り、ボランチ:シジクレーとポジションがクロスすることが再々見られた。そのため、全体的に左寄りになり、中盤でボールをカットされた場合、路木_福田のホットラインから右サイドを突破される。

先制点はレッズ。
前半30分過ぎ、セットプレイからのDF:ザッペッラのヘッド。
ゴチャついていて何がどうなったのかよく分からなかったのだが、後程TVで見たところ、GK:松永がハンブルして流れ込んだことが分かってショックだった。そろそろ中河あたりにポジションを譲る時期が来ているのではないだろうか?このところよくこういう場面を見ているように思う。

9000人弱しか入っていなかったのだが(西京極では多い方らしい・・・。淋しい限りだ。)、ジュースを買いにいくのも大変だった。
サッカーを知らない彼女のご機嫌を取りつつ、後半へ向う。

後半に入って、レッズは岡野をサンガは藤吉を外した。
藤吉を外したのは正解であったと思う。
このゲーム前半で一貫して藤吉は、ポストプレーに終始していた。本来の彼のプレースタイルはヴェルディ時代から北澤とかぶっていた。2列目で中盤をかき回して、チャンスに飛び出す。私はそう思っていた。177CMの彼にポストプレーを求めるのはこくではないだろうか?それだったら、黒崎を使えばいい。

逆に岡野は右に左に効果的な駆け上がりを見せていた。流石日本代表に選ばれるだけの足は持っているのだと思ったが、試合前の練習のとき足に巻いていたテーピングとその足をかばうような走り方はフェイクではなかったということなのだろうか・・・。

サンガはパウロ・マギノがスルーパスに反応してDFラインを突破、同点に追いつく。
見てる感じでは、ペナルティエリア前でゴチャついたレッズDFをパウロがドリブル突破したように見えたが、そうではなかったらしい。現場はそういう細かいところが見にくいと同時に私の視力の悪化が進んでいることを実感させられた。また、メガネ変えなくては・・・。

この得点からサンガに追い風がかかる。
レッズは福田を下げて広瀬を投入。全体的に引き気味になる。残り時間を考えて、とりあえず延長に持ち込もうとしているように見えた。ネガティヴ思考である。
お蔭様で、終了5分前くらい。パウロ・マギノが勝ち越しの一発を押し込み、そのままタイムアップ。

今までのサンガ、今までの加茂周監督にはあまり見られなかった、最後までオフェンシブな試合運びが見れて好感が持てた。
このまま、2ndステージを爆走してもらいたい。いままで、ボランチから前にボールが当たらないチームとして有名なサンガとしては、パウロ・マギノに期待大である。
あと、頼むからシーラスおじさんにいつまでも頼らなくてはならない中盤を何とかしてほしいのだが・・・。

逆に小野を欠いてしまったレッズはこの後大変だなぁと同情してしまった。

兎に角、現場でゲームを見るというのは楽しいものだ。サッカーを知らない彼女も最後には声を出して腰を浮かして観戦していた。またいこーっと!

1999年 7月 4日 日本代表について

現在、日本男子サッカー代表チームが2チーム、大きな大会に出場している。
コパ・アメリカに出場している、A代表(国際Aマッチ出場のための代表:最高峰)とシドニーオリンピック予選に出場している、オリンピック代表(23歳以下の選手で構成された代表)である。

この2チームがマッチメークされたら・・・

まず現状を把握しよう。
1.中田英寿がいない。(理由は知らないが、多分休養中?)
2.平均年齢 A代表>オリンピック代表(当然)
3.監督は双方ともトルシエだが、彼はA代表についている。
4.A代表はJリーグという『ぬるま湯』から、合宿即大会へ。オリンピック代表の中には、ワールドカップユース(20歳以下)準優勝の余韻を持ちながらという選手が多数。
5.本来、A代表に選出されていた、小野・市川・中村・柳沢・(中田)といった選手が23歳以下のため、当然オリンピック代表になっている。

以上の点を見ただけでも、O代表の方がA代表より良さそうな気がする。
それに、2.が顕著に出ているのがFW陣。30歳を超える呂比須ワグナーを未だにスターターで使わざる終えない、A代表の層の薄さには閉口する。たとえ城・岡野の比較的若いツートップを使ったとしても、そこにボールを入れられるパサーが名波・相馬といった、ディフェンシブなポジションの選手しかいないのは致命的である。(因みにこの二人、顔が似てると思うのは私だけ?)
伊東や田坂では、役不足ではないかと思う。しかも攻撃パターンばればれ・・・

ついでに、トルシエのシステムや戦術に関する考え方はさて置き、試合におけるベンチワークは些かお粗末ではないだろうか?コパ・アメリカ1・2戦結果がそれを物語っている。(1戦:勝っていた試合をくだらない選手交代で潰す。2戦:見てないのでよく和分からんが、ぼろぼろ)

日本サッカー協会、それでいいのか?

1999年 5月24日 セリエA in Itary
ペルージャ 対 ミラン(HOME:ペルージャ)
Score:1−2

スクデッド(セリエAリーグ優勝)を賭けたミラン、セリエA残留を賭けたペルージャ、どちらも負けられない試合はプレーはもちろん、サポーターも熱い時間だった。

ハーフタイム、ペルージャサポーターから投げ込まれた『白い帯?』に火が放たれてしまったため、後半スタートが遅れてしまった。

お蔭様で試合時間がずれ込んだ分、放送時間から外れてしまい、某局スポーツニュースでロスタイムを見ることになった。

結果として、ミランが3年ぶり16回目のスクデッドを獲得し、ペルージャも下位チームも負けたため、セリエA残留を決めた。

それにしても、後味があまり宜しくない。
出来れば、ペルージャには勝つか引き分けで残留を決めてほしかった。“HIDE”の今シーズン10点目もPKではなく、流れの中で取ってほしかった。

そして何より、某局スポーツニュースのメイン司会者!
お前にとってサッカーより野球の方が大事なのは分かるが、その全然やる気の無い紹介、及び気持ちのこもってない感想は何とかならんのか!!
曲がりなりにもそれで飯食ってんだろうが!!!
しかもお前にとって大事すぎる野球の対戦カード間違ってんじゃねーよ!!!!
そんなことだから、Jrはだめだといわれるんだよ・・・・。

兎にも角にも、日本におけるサッカーを取り巻くジャーナリズムには問題があり過ぎると感じた今日このごろだ。

1999年 5月5日 J1リーグ in Japan
ガンバ大阪 対 横浜Fマリノス(HOME:忘れた)
Score:前半しか見てないので書かない。

たまたまTVをつけていたらやっていた。

両チームとも、2−5−3システムを組んでおり、タレントが揃っているはずの横浜有利かと思っていた。しかし前半終わった段階で、1−0大阪リードで折り返した。

最後まで見ていないので、後半横浜がどういう建て直しをするのかがみれなかったのが残念だったが、前半を見る限り、横浜よりも大阪の方がオブジェクト思考が高かったのだと思う。

同じ2−5−3システムでも、大阪のシステムは変則2−5−3システムといえる。センターバックをスイーパー的に置き、木場・朝比奈が横浜の2トップをマンマークする。もう一人のDF:柳本を右サイドでウィングバック的に使い、攻撃的に機能させる。宮本(だったと思う)をボランチに置き、その前の位置(中央)にユース代表:稲本を配して、ゲームメークに集中させる。オフェンシブハーフの二人を中央・左寄りに配置することで柳本とのバランスを作りつつ、同じくユース代表FW:バンド(漢字が分からん)の右サイドからの切り崩し・センタリングに対応する。

長々と書いたが、このように一人一人の役割が明確化されていた、ガンバ大阪が6本のシュートを放ち、横浜はたった1本に止まった。

この結果は、横浜FマリノスFW:城が前半早々に負傷退場してしまっただけではないと思う。

1999年 5月2日 セリエA in Itary
ペルージャ 対 フィオレンティーナ(HOME:フィオレンティーナ)
Score:1−5

あまりの睡魔に良く覚えていないのだが、カリアリ戦同様、中田が中盤で孤立。まったく機能していない様に見えた。11人で戦えていない。ペルージャはシステムを見直す必要があるのではないだろうか?

今期も残りわずかとなったセリエA、中田は来期もセリエAでプレーできるのであろうか?できればもっといいチーム状態でプレーしてもらいたいものである。

1999年 4月26日 セリエA in Itary
ペルージャ 対 カリアリ(HOME:カリアリ)
Score:2−2

 AWAYで勝ち無しのペルージャが下位チームカリアリを相手に前半、レッドカードで10人でのプレーを強いられながら、リードして折り返すものの、エンボマ(元ガンバ大阪)のFKで失点。試合終了間際にも同点に追いつかれ、引き分けた。

 レッドカードで10人になったペルージャは、前半はボランチを下がり目にして対処していたが、2点目を入れるあたりから、ラパイッチをワントップ気味して中田を基点に、サイドからの上がりなどでカウンター狙いミエミエの攻撃、守ってはDF3人で当たってもエンボマを押さえることが出来ず、MF陣まで自陣から出てこないという状態。中田までもが右へ左へとディフェンスに廻っていた。
その動きはまるでボランチのようであった。

ただ、ラパイッチ―中田のホットラインは芸術的であった。