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2000 |
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2000年 6月 4日 Trophy in モロッコ A代表の試合を久々に見た。 フランスよ、たとえ大事な試合の前哨戦とは言え、豪華すぎるぞ。 スコアを見れば大健闘と言える日本代表ではあったが、フランスの得点はほとんど個人技。 惜しむらくは、インターセプトからの速攻に弱い3バック。 日本DF陣から徹底的に潰されていたはずの「ジダン」という男は、フランスの得点に全て絡んでいた。 |
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2000年 2月 6日 セリエA in Itary 半年も書き込まないでいると、サッカーは全然ちがう形を我々に見せてくれる。 中田英寿(ペルージャ→ローマ) 日本人選手の海外進出は結構なことだと思う。 さて、そんな中TVで中田を見ることが出来た。 あいにく、Aマッチ出場の為、名波がいないヴェネツィアとの試合はワンサイドゲームとなった。 ローマというチームはフロントとバックの役割が明確なチームだといえる。 DFはフラット3にみえた。 圧倒的点差を付けた後、トッティがピッチから退き、そのポジション(TOP下)に中田が入るという日本人にとってはまさにショータイムが10分ほど演じられたが、中田本人が「昨年一年かかって得たチームの戦術理解・信頼関係を一から作りなおすことになる。それをシーズン途中から・・・」と語っているように、ほとんどラストパスが通らなかった。 ローマが勝った。中田が所属するチームが勝った。 |
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1999年 8月15日 J1リーグ in Japan 今週はいつも通りTV観戦である。 先週述べた京都サンガのDFが少し変わっていた。 そして私が感じたことがもう一つ、加茂サッカーはDFとOFの切り替えの速いチームにあっているということ。 今まで、日本代表で見た加茂サッカーは中盤を意識する余り攻撃への切り替えが遅くなっていた。それを補うためにサイドバックからの切り崩しを多用していた訳だが、カウンターにめちゃめちゃ弱かった。 そして、最大の変化はリードしているときに守りに入ろうとして、FWはずしてDFを入れるという、加茂さんの悪い癖が今のところ出ていないということである。今節に関して言えば故障したパウロ・マギノに変えてオフェンシブハーフの大槻を投入したというあたりに、モアオフェンシブ加茂周を感じた。 さあ、2連勝の勢いを消さずにどんどん邁進して頂きたいものだ。 |
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1999年 8月 7日 J1リーグ in Japen 基本的に私はTV観戦はである。 サッカー観戦における基本スタンスの一つとして、地元クラブを応援するというのがある。 ところが、会社の上司からチケットを頂いたので、実は初めてゲーム観戦にスタジアムへ赴いた。 浮かれ気味にスタジアムに入場。売店で高価なレプリカジャージを買い込み、便所で着替える。 初めての現場観戦ということもあり、試合の流れを追うのに苦労する。 前半明らかに、サンガのDFラインは崩れていた。 先制点はレッズ。 9000人弱しか入っていなかったのだが(西京極では多い方らしい・・・。淋しい限りだ。)、ジュースを買いにいくのも大変だった。 後半に入って、レッズは岡野をサンガは藤吉を外した。 逆に岡野は右に左に効果的な駆け上がりを見せていた。流石日本代表に選ばれるだけの足は持っているのだと思ったが、試合前の練習のとき足に巻いていたテーピングとその足をかばうような走り方はフェイクではなかったということなのだろうか・・・。 サンガはパウロ・マギノがスルーパスに反応してDFラインを突破、同点に追いつく。 この得点からサンガに追い風がかかる。 今までのサンガ、今までの加茂周監督にはあまり見られなかった、最後までオフェンシブな試合運びが見れて好感が持てた。 逆に小野を欠いてしまったレッズはこの後大変だなぁと同情してしまった。 兎に角、現場でゲームを見るというのは楽しいものだ。サッカーを知らない彼女も最後には声を出して腰を浮かして観戦していた。またいこーっと! |
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1999年 7月 4日 日本代表について 現在、日本男子サッカー代表チームが2チーム、大きな大会に出場している。 この2チームがマッチメークされたら・・・ まず現状を把握しよう。 以上の点を見ただけでも、O代表の方がA代表より良さそうな気がする。 ついでに、トルシエのシステムや戦術に関する考え方はさて置き、試合におけるベンチワークは些かお粗末ではないだろうか?コパ・アメリカ1・2戦結果がそれを物語っている。(1戦:勝っていた試合をくだらない選手交代で潰す。2戦:見てないのでよく和分からんが、ぼろぼろ) 日本サッカー協会、それでいいのか? |
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1999年 5月24日 セリエA in Itary スクデッド(セリエAリーグ優勝)を賭けたミラン、セリエA残留を賭けたペルージャ、どちらも負けられない試合はプレーはもちろん、サポーターも熱い時間だった。 ハーフタイム、ペルージャサポーターから投げ込まれた『白い帯?』に火が放たれてしまったため、後半スタートが遅れてしまった。 お蔭様で試合時間がずれ込んだ分、放送時間から外れてしまい、某局スポーツニュースでロスタイムを見ることになった。 結果として、ミランが3年ぶり16回目のスクデッドを獲得し、ペルージャも下位チームも負けたため、セリエA残留を決めた。 それにしても、後味があまり宜しくない。 そして何より、某局スポーツニュースのメイン司会者! 兎にも角にも、日本におけるサッカーを取り巻くジャーナリズムには問題があり過ぎると感じた今日このごろだ。 |
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1999年 5月5日 J1リーグ in Japan たまたまTVをつけていたらやっていた。 両チームとも、2−5−3システムを組んでおり、タレントが揃っているはずの横浜有利かと思っていた。しかし前半終わった段階で、1−0大阪リードで折り返した。 最後まで見ていないので、後半横浜がどういう建て直しをするのかがみれなかったのが残念だったが、前半を見る限り、横浜よりも大阪の方がオブジェクト思考が高かったのだと思う。 同じ2−5−3システムでも、大阪のシステムは変則2−5−3システムといえる。センターバックをスイーパー的に置き、木場・朝比奈が横浜の2トップをマンマークする。もう一人のDF:柳本を右サイドでウィングバック的に使い、攻撃的に機能させる。宮本(だったと思う)をボランチに置き、その前の位置(中央)にユース代表:稲本を配して、ゲームメークに集中させる。オフェンシブハーフの二人を中央・左寄りに配置することで柳本とのバランスを作りつつ、同じくユース代表FW:バンド(漢字が分からん)の右サイドからの切り崩し・センタリングに対応する。 長々と書いたが、このように一人一人の役割が明確化されていた、ガンバ大阪が6本のシュートを放ち、横浜はたった1本に止まった。 この結果は、横浜FマリノスFW:城が前半早々に負傷退場してしまっただけではないと思う。 |
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1999年 5月2日 セリエA in Itary あまりの睡魔に良く覚えていないのだが、カリアリ戦同様、中田が中盤で孤立。まったく機能していない様に見えた。11人で戦えていない。ペルージャはシステムを見直す必要があるのではないだろうか? 今期も残りわずかとなったセリエA、中田は来期もセリエAでプレーできるのであろうか?できればもっといいチーム状態でプレーしてもらいたいものである。 |
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1999年 4月26日 セリエA in Itary AWAYで勝ち無しのペルージャが下位チームカリアリを相手に前半、レッドカードで10人でのプレーを強いられながら、リードして折り返すものの、エンボマ(元ガンバ大阪)のFKで失点。試合終了間際にも同点に追いつかれ、引き分けた。 レッドカードで10人になったペルージャは、前半はボランチを下がり目にして対処していたが、2点目を入れるあたりから、ラパイッチをワントップ気味して中田を基点に、サイドからの上がりなどでカウンター狙いミエミエの攻撃、守ってはDF3人で当たってもエンボマを押さえることが出来ず、MF陣まで自陣から出てこないという状態。中田までもが右へ左へとディフェンスに廻っていた。 ただ、ラパイッチ―中田のホットラインは芸術的であった。 |