私は競馬馬鹿である。
学生時代のバイト先の店長が競馬好きで、その影響もあり競馬に興味を持つようになった。
高校を出てから初めて京都競馬場に赴いた。
忘れもしない、否、忘れるはずも無い1995.6.4第36回宝塚記念の日である。
この年は、阪神大震災の影響で阪神競馬場が全面改装のため、『阪神大震災復興支援競馬』と銘打って、京都競馬場で開催された年であった。
お気づきの方もおられると思うが、私はこの目で我が永遠の心の愛馬『ライスシャワー号』の死に様を拝むこととなった日である。
この日を期に私の競馬馬鹿っぷりは、磨きがかけられていく。
その後、専修学校(決して専修大学ではない)を中退するも職にありつき、ひょんなきっかけでA.O.Lと出会い、そこで同じく競馬馬鹿のこうちゃん隊長と偶然知り合い、『仲間集めて、競馬馬鹿話に花を咲かせて、あわよくばオフ会でもしちゃったりしよう。』などといいかげんな二人で作り上げたのが、後の『末脚炸裂隊』である。