歴史の回廊である鞆の浦は、瀬戸内海の貴重な都市遺跡と言われ
江戸期の五つの港湾施設がそろって残っているのは鞆の浦だけだそうです。
維新の夜明けも近い1863(文久3)年8月18日尊皇攘夷派の三条実美ら七人の公家は京都での倒幕運動に大敗し、
会津や薩摩などの公武合体派に追われ長州を頼って都落ちをする際に鞆之浦に寄ったそうで、その時宿としたのが「保命酒屋」
(太田家住宅)で、今も当時の佇まいを残し、国の重要文化財に指定されています。
また本陣にも用いられた“朝宗亭”は本宅と道路をはさんで港に面しており、藩主の来訪の際に使用されていたそうです。
いずれも18世紀中頃から19世紀前期の建物群であり、歴史的町並みの中心となっており、
共に国の重要文化財に(平成3年5月31日)指定されているそうです。
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