「LIFE A BLUE」33万アクセス突破&7周年記念特別企画

別冊おとむ日記+

出てくるの私だけ 2004年夏の終わりの旅行記

〈第十回〉


夜のプールサイドは人気もなく、やや強めの夜風が涼しくて、気持ち良かった。

プールのまわりだけライトが点いているので、読書をするのには好都合である。
レジャーチェアーに寝そべって、夜空に向かって仰向けになる。
もうそれだけで十分心地いい。思わずそのまま眠りそうになったぐらいだ。

プールサイドのデッキチェアーに寝そべって、夜の風に吹かれながら、「SPA!」を読む。

特集記事は、「結婚の失敗学」というものだった。
できちゃった結婚やら、なんやら婚やらで、結婚に失敗した人達の症例がいくつか紹介されていた。

結婚にはまったくと言っていいほど興味がないのである。
がぜん興味がない。

33歳で独身。おひとりさま。
世間的には、負け犬のオス犬である。

なんで結婚に興味がないのだろうと考えるに、ひとりの気楽さが身に染みついているというのが挙げられる。

かつての僕の夢は、「ひとり暮らし」であった。
幼少期から大人になるまで、せまい団地の中で家族4人で暮らしていた僕は、早くひとりで暮らしたくてしょうがなかった。
社会人になって3年目。お金が少し貯まった僕は、実家から会社に通えるにも関わらず、家を出て、家から30分ぐらいのところにあるアパートの部屋を借りて、ひとり暮らしを始めた。

自分で不動産屋をまわって探し出したその物件は、新築できれいで部屋も広くて、すこぶる気に入っていた。
ひとり暮らしを始めて半年後に転勤を命じられ、舞鶴という見知らぬ土地に場所を移してひとりで暮らし、途中、また転勤で福知山に移動し、なんやかやでひとり暮らし歴約10年である。

他人と一緒に暮らす良さもあるんだろうなと思う。
好きな人と一緒に同じ屋根の下で共に力を合わせて生活する幸せもありだとは思うんだけど、今いちピンと来ないのである。
仮に一緒に暮らすとしても、同棲じゃだめなのか。やっぱりそこはけじめとして結婚か。

ものすごく単純なことだけど、たったひとりの人を一生愛するという、その保証はどこから来るんだろう。

結婚っていうのは好きだの嫌いだの愛だの恋だのっていうより、タイミングだよ、縁だよ、はずみだよ、勢いだよ、っていう話もよく聞く。
そうなのかもなあと思う。案外そういうものなのかもしれない。

しかし、この「結婚の失敗学」という記事には、そうやって勢いやはずみで結婚した人達の結婚の失敗例が列挙されていた。
結婚はすることよりもむしろ続けることの方が数倍難しいんだろうということぐらいは、33歳負けオス犬の僕にでも想像はつく。

そういえば、最近僕のまわりではなぜか、男の方が結婚したがってて、女性の方が結婚を嫌がってるってケースが多い。
女の子の方がまだまだひとりで自由にいろんなことをやりたがっていて、男の方は早く結婚して奧さんになってくれることを望んでるっていう。

羽根を広げて自由にあちこち飛ばれるよりも、早くかごの中の鳥になってほしいのか、彼女には。
まあ、その方が男としては安心なんだろう。
むしろ今や結婚は、男の幸せか。

うーむ、結婚したい気になったことがないから核心部分がよくわからない。

ひとりだったら若い時はいいが、歳いった時さびしいだろうという意見もあるが、確かにそうかもしれんが、おとむじじい70過ぎておひとりさまってのも、面白いような気がするけどな。

でも、こんなこと言ってる人間に限って、突然電撃結婚したりするものだ。
一目見て、ビビビと来ましたとか言うのである。

…あ、今気づいた。
相手、いないわ。

僕の場合は「結婚したいけど、できない」でもなく、「結婚はしたくない」でもなかった。
「結婚はしたくないけど、できない」が正解だった。

「結婚はしたくない」と「結婚できない」のダブルの壁である。
ベルリンの壁壊しても、またベルリンの壁2、みたいな。

「誰にでも秘密がある」のイ・ビョンホンみたいに、まわりの女性達にすぐに結婚をせまられるけど、のらりくらりとかわして、結局誰とも結婚せずにずっとモテてるとか、そういうのがいい。
「いろんな人からめっちゃ結婚されたがられるけど、結婚させてあげない」。
うむ。この路線で行こう。

プールサイドの照明が、突然全部消えてしまって真っ暗になったので、デッキチェアーから降りて、ホテルの中に戻る。

せっかくだから、ゲームコーナに立ち寄ってみる。

普段はまったくゲームをしない人である。
スーファミもプレステもセガサターンもゲームボーイアドバンスもニンテンドー64も、正直手を触れたこともない。

ゲームの何が嫌って、あらかじめ組み込まれたプログラムに沿ってやっていかないとだめなところだ。
コンピューターが良しとすること以外のことをすると、たちまちゲームオーバーである。
なんでこんな機械ごときに踊らされなあかんねんと思う。

僕に言わせりゃ、どんなゲームであっても、ゲームソフトに人間が踊らされてるという時点で、ダンスダンスレボリューションである。

でも、旅先でやるゲームは、ひと味違うのだ。




第十一回

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