動詞の語法(文法)

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a.仮定表現「〜りゃー」、「〜きゃー」
 共通語でいう「〜すれば」、「〜したら」という仮定表現は、「〜りゃ(ー)」、「〜きゃ(ー)」ような形になる。
<例1>仮定表現「〜りゃー」、「〜きゃー」の用例
見る テレビを見たかったら、みりゃーええで。(見たらいいよ)
する 留守番すりゃー、小遣いがもらえるで。(留守番すれば)
書く 原稿用紙には何でもかきゃええってもんとちゃうで。(書けばいいというものじゃないよ)
動く もうちょっと体がうごきゃー、手伝えるんだけどなあ。(体が動いたら)

b.命令表現「〜れ」
 共通語で「〜ろ」となる命令表現は、「〜れ」という形になる場合がある。
<例2>命令表現「〜れ」の用例
見る 窓の外をみれ。(見ろ)
やめる 危険だと思うことはやめれ。(やめろ)
起きる もう朝の7時だぞ。はよう寝床からおきれ。(起きろ)
寝る 明日の朝は早いで、今晩ははようねれ。(寝ろ)

c.意志・勧誘表現「〜あー」
 「来る」、「する」以外の動詞で「意志・勧誘」を表す形は、語尾のア段の音を長音化する。ただし、「意志」と「勧誘」とではアクセントが異なる。「意志」の場合は語幹と同じピッチで平坦に発話する。「勧誘」の場合は/アー/の部分を高いピッチで発話する。この場合、話者の気持ちにより下げ調子でも上げ調子でもよい。
<例3>意志・勧誘表現「〜あー」の用例
意志 行く(五段活用動詞) バスに乗り遅れたらあかんで、もうバス停にいかー。(行こう)「いかー」と平坦に発話する。
勧誘 行く(五段活用動詞) いっしょに魚釣りにいかー。(行こう)「い」より「かー」を高いピッチで発音する。
意志 書く(五段活用動詞) 宿題の習字、きょうかかー。(かこう)
勧誘 書く(五段活用動詞) 歩美ちゃん、いっしょに習字かかー。(かこう)
意志 起きる(上一段活用動詞) 眠いけど、遅刻したらあかんで、おきらー。(起きよう)
勧誘 起きる(上一段活用動詞) 二日酔いでえらいけど、遅うなるしけーおきらー。(起きよう)
意志 寝る(下一段活用動詞) 明日の朝早いで、はようねらー。(ねよう)
勧誘 寝る(下一段活用動詞) 話しがはずんどるけど、もう12時だしけーねらー
 ただし、「起きる」、「寝る」の意志・勧誘には「おきょー」「にょー」という形もある。この形は年輩層に見られる。
 「来る」(カ行変格活用動詞)は「こー」、「する」(サ行変格活用動詞)は「しゃー」となる。
<例4>「こー」、「しゃー」の用例
意志 来る(カ行変格活用動詞) 今日の映画よかったで、もういっぺんこー。(来よう)
勧誘 来る(カ行変格活用動詞) 明日またここにこー。(来よう)
意志 する(サ行変格活用動詞) 僕は緑色が好きだしけー、このポスターのバックの色は緑色にしゃー。(しよう)
勧誘 する(サ行変格活用動詞) いっしょにゲームをしゃー。(しよう)

d.ナ行変格活用動詞「往ぬる」、「死ぬる」
 但馬地方の方言においては、ナ行変格活用動詞が存在する。「往ぬる」(帰る)と「死ぬる」(死ぬ)の2語である。
<用例5>「往ぬる」の用例
未然形 ばんげになったしけー、もういなー。(帰ろう)
まーいなーや。−−−まんだいねへんで。
連用形 ほんならこのへんでいにますわ。(帰りますね)
お客さんはもういんなったか。(帰られたか)
終止形 遅うなったら叱られるで、いぬるわ。(帰るよ)
いぬるしけー、お母さんによろしい言っといて。
連体形 今日は何時になったら帰れるんだ。−−−いぬることばっかり考えとるな。
あんたと話しとったらおもしろうて、いぬる時があれへんわ。
仮定形 お母さんが美味しい晩ご飯を作っとんなるぞ。いにゃーわかるわ。(帰ったら)
やっぱり家が一番ええで。いにゃー気がつくわ。(帰ったら)
命令形 日が暮れたで、もういねー。(帰れ)
残りの仕事は明日やれー。もういねっちゃ。(帰れってば)
<用例6>「死ぬる」の用例
未然形 わしゃ100まで絶対死ねへんぞ。
そんなことでは死なん。
連用形 あの時はショックが大きいて、死にたーなったわ。(死にたく)
Aさんとこのおおばあさん(曾おばあさん)が死んなったんだって。(亡くなられた)何と、100歳を越えとんなったんだってや。
終止形 きのうは朝飯と昼飯を食べる時間がなかったんだわ。腹が減りすぎて死ぬるか思った。
そんなに休みもとらんと仕事ばっかりしとったら、しめーにゃあ死ぬるで。
連体形 わしが酒を飲まんようになったら、死ぬる時だ。
あのころはごっついつらーて(辛くて)、死ぬることばっかり考えとった。今では考えれれへんわ。
仮定形 死にゃーええっちゅうもんちゃうぞ。(死ねば)
命令形 死にたかったら、死ねー。 *注意 決して使ってはならない表現! 

e.方言としてとらえた「ラ抜き言葉」
 一段活用動詞(上一段活用動詞、下一段活用動詞)が「可能」を表現する場合、共通語としては「〜られる」が正しい用法とされる。しかし、近年全国的に「〜れる」という、いわゆる「ラ抜き言葉」が用いられることが増えてきている。これは一段活用動詞が五段活用動詞へ移り変わろうとする姿の一面である。種類の多い文法規則が単純化されるという、理にかなった言葉の変化である。
<用例7>本来の五段活用動詞と一段活用動詞の「受身形」と「可能形」の用例
五段活用動詞 受身形 可能形
読む 読まれる 読める
話す 話される 話せる
一段活用動詞 受身形 可能形
見る 見られる
食べる 食べられる
*一段活用動詞において、受身形と可能形が同じ形
 方言としてとらえた場合、但馬方言においては一段活用動詞が五段活用動詞として用いられる傾向にある。そのため、五段活用動詞と同様に、受身形「〜られる」と可能形「〜れる」の区別が見られる。
<用例8>一段活用動詞が五段活用動詞となった用例
一段活用動詞 受身形 可能形…ら抜き言葉
見る 見られる 見れる
食べる 食べられる 食べれる
*受身形と可能形が異なった形
<用例9>「ラ抜き言葉」を用いた用例
見る 二階のベランダに出たら花火が見れるで。
食べる 僕はニンジンよう食べらん。−−−私は食べれる
起きる 私は目覚まし時計があったら、朝はよう起きれる
寝る きのうはぐっすり寝れたか。−−−うん、よう寝れたで。
 私自身、くつろいだ状態で会話をすると、例外なくいつでも「ラ抜き言葉」となっている。とても心地よく感じられる。日本語の誤用というより、温かみのある但馬方言である。

f.他動詞の語尾「〜かす」
 但馬方言において、他動詞の語尾を「〜かす」の形にして、もとの意味を強める用法が、共通語と比べて多く認められる。
 この用法は、もともと平安時代に始まったものであり、口語的、あるいは俗語的な用法として始まった。その後、室町時代末期から江戸時代にかけて「〜かす」を付ける造語法が流行った。現在の但馬方言もこの流れがあるように思われる。私自身、この用法が用いられた動詞を耳にしても、それが古くから存在する語であるのか、あるいは発話者の造語であるのか判断の付かないこともある。
 古典の文献にも「〜かす」を見ることができる。
<用例10>歴史的文献からの用例
走らかす 徒然草 男ども数多走らかしたれば、具覚房は、くちなし原にによひ伏したるを。(走らせたところ、)
誑かす 源氏物語 邪気なんどの、人の心たぶらかして。
騙かす 浮世床 金比羅さまも成田さまも幾度騙かしたかしれねへ。
 現在の但馬方言において、「〜かす」の付く他動詞は、造語的なものも含めてかなりある。代表的なものをあげてみる。
<用例11>他動詞の語尾「〜かす」の用例
離す→離らかす 笑わす→笑わかす 冷ます→冷まかす
覚ます→覚まかす 滑らす→滑らかす 濡らす→濡らかす
離らかす ひまわりの種を蒔く時は、種と種の間を5センチほど離らかしとくほうがええで。(離しておくほうが)
滑らかす 屋根に上がる時は、はしごから足ぃ滑らかさんように気ぃ付けよ。(滑らせないように)
濡らかす 雨でからだ濡らかしたら風邪ひくしけー、合羽着て自転車に乗れーや。(濡らしたら)
 先日、インターネット上のある掲示板で次のような内容のものを見かけた。
 「うちの子どもの学校の先生が『ならばかす』という言葉を使うそうです。『ならばせる』ということらしいのですが、どこの言葉ですか?」
 私自身、「ならばかす」という言葉は聞いたことがない。しかし、その言葉を目にして、何の抵抗も感じなかった。但馬方言では「〜かす」は他動詞を作る一つの文法として定着しているのかも知れない。

g.室町時代以前の形をとどめた「行きた」
 上方において、室町時代から「行く」の過去などを表す助動詞「た」に接続する連用形として「行った」(促音便)や「た」などが用いられるようになってきた。しかし、それ以前は「行きた」であった。明治時代以降、「行きた」は使われなくなったが、現在でも豊岡市や城崎郡では普通に使われている。
 話し言葉として盛んに用いられるだけではなく、中学生の日記や作文など(普通は共通語で書かれる)でも 「〜へいきた」、「〜へ行きてみたい」などを観察することができる。共通語として認識しているのかもしれない。
<用例12>「行きた」の用例
こないだの日曜日、映画を見に行きた。ごっつい人がよーけおんなった。
髪の毛がよう伸びとるしけー、散髪に行きてきたら。−−−あした行くわ。
いっぺんカナダに行きてみてーわ。−−−暇があったらいっしょに行かー。