辞書との付き合い
 私は学生時代より、数多くの辞書を愛用しています。国語辞典、英和辞典、英英辞典など、種類も様々です。常に愛用しているものは10冊程度なのですが、現在では合計100冊以上を所有しています。周りを見回してみると、この原稿を書いている自宅の茶の間にも8冊の辞書が私の視界に入ります。寝室の枕元付近には数冊が常に置かれています。職場の机上には7、8冊が並んでいます。残りの辞書は、自宅のあちらこちらに置かれている本棚やカラーボックスなどにところせましと並んでいます。
 一体、なぜこんなにたくさんの辞書が必要なのか、と同僚や友人から質問されることがあります。答えは簡単です。辞書は人間と同じでそれぞれに個性があるからです。私にとって、たくさんの友だちと付き合うのと同じことです。
辞書で同一の語を調べてみても、その語の定義のしかたはそれぞれの辞書によって違います。大変厳格な言葉で定義されている辞書もあれば、やさしく私自身に語りかけてくるようなものもあります。また、英和辞典や英英辞典などに掲載されている例文も様々です。一冊一冊に個性があり、それぞれが大変ユニークです。ユーモアを感じさせてくれるものもあります。まさに、人間一人ひとりの人柄と同じです。
 辞書の表紙を手に取ったときに感じる肌触りも様々です。羊などの皮が張られている表紙、クロス加工されたもの、凹凸のある柔らかいビニールでつくられているものなど、いろいろなタイプの表紙があります。同一タイプのものであっても、手に伝わってくる触感はすべて違います。また、使用頻度によっても大きく異なります。やさしさを与えてくれるもの、仕事にやる気を与えてくれるもの、中にはノスタルジーを感じさせてくれるものもあります。
 どれ一つ取ってみても、どれがよくて、どれがよくない、といったものではありません。それぞれの辞書に長所があり、また短所もあります。私との相性のようなものも感じられます。それらの辞書と毎日付き合い、私は彼ら[彼女ら]から多くのことを学んでいます。われわれのよき人間関係と同じと言えるのではないでしょうか。
 このエッセイは、平成15年6月3日、日本海新聞の『潮騒』に掲載されたものです。
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