アクセントの歴史
−但馬のアクセントはどのようにして生まれたのか−

但馬のアクセント

兵庫県豊岡市
谷口 裕
1 平安時代の京都のアクセントが日本語アクセントの起源
 まず、私自身、日本語学、音声学および郷土史についての知識が乏しいため、単なる自己流の分析であることをお断りしておく。気楽に読んでいただけるとありがたい。
 日本語アクセントの研究については、服部四郎氏をはじめ、金田一春彦氏など、多くの著名な学者が日本のあらゆる地点で調査され、考察されている。
 我が国において、平安時代より前の時代のアクセントについては記録がないため、学者たちは言語学のあらゆる知識をもとに、日本語アクセントの変遷を研究されてきている。
 現在もっとも主流であると考えられているのは、日本語アクセントの起源は、平安時代の京都のアクセントがもとになっている、というものである。それが時代とともに変化をし、現在の状態になっているというのである。中央の京都、大阪ではそのころのアクセントを比較的忠実に残しているのに対し、そこから遠ざかれば遠ざかるほど大きな変化を遂げている。それは、民俗学者の柳田国男氏が昭和5年に『蝸牛考』で提唱した、「方言周圏論」の、「カタツムリ」という語は京都を中心に円を描く水の波紋のごとく日本列島の東西南北のほぼ同じ距離の地点に同じ語形(あるいは同じ語形から派生した語)が分布している、というのとは全く反対のことである。つまり、アクセントに関していえば、中央の京都が古く、そこから遠ざかるほど新しい、ということである。それにあてはめると、中央から京阪式アクセント、東京式アクセント、二型・一型アクセント、無アクセントというようになる。私の生まれ育った兵庫県北部の但馬は、京阪式アクセントに近い位置にある東京式アクセントということになる。
2 但馬内のアクセント−甲種と乙種
 但馬北部は乙種系アクセント(東京式アクセント)の地域である。概ね東京と同じである。しかし、2拍名詞を例にとると、1類、2類、3類の1拍目が、○であったり●であったりするなど揺れが見られる。また、3拍形容詞は1類と2類が統合されているのも純粋な東京式アクセントとの相違点である。
 但馬南部から西播磨、丹波の氷上郡にかけては甲種系アクセントのひとつである垂井式アクセントの地域である。昭和6年に大原孝道氏が調査されたときには、朝来郡生野町と旧山口村岩津のみが甲種系アクセントの地域であり、それ以北の地域は乙種系アクセントであった。それから約20年後、岡田荘之輔氏が調査されると、甲種系アクセントは朝来郡旧山口村全体まで北上していた。現在はさらに北上している。私の観察では、朝来郡全体ではかなりの揺れが見られ、甲種と乙種の混在といった感じがする。長い歴史から見ると、朝来郡は甲種から乙種に変わり、再び甲種になろうとしているように思われる。やはり、この地では文化の中心が京阪神あるいは播磨ということなのでわないか。
3 2拍名詞での考察−但馬の南端および但馬に隣接している地域
 但馬の南端である朝来郡生野町および西播磨の神崎郡神崎町、宍粟郡、丹波の氷上郡において、2拍名詞の1類と4類は概ね統合されている。しかし、4類については次の点を考慮する必要がある。
<4類について考慮する点>
(1) 表面上のアクセントと意識の中のアクセントとのギャップ
 表面上は●●、●●−▲となっていても、話者の意識では○●、○●−▲というように、1拍目を○と捉えている場合が見られる。ただし、個人差はある。丁寧に発話していただくと、そうなっている場合もある。このことは、現在以前の古いアクセントの名残ではないかと考えられる。もともとは西脇市あたりのように○●、○●−▲というアクセント体系であったと思われる。後に1拍目の○と●が曖昧に発話されるようになり、結果として高起式と低起式の区別がなくなった垂井式に変化したのであろう。人々が伝統を継承しようとしている意識のあらわれとも捉えられる興味深い一面である。
(2) 現代共通語アクセントの影響
 4類に属する語彙の中にも、2類、3類と同じ頭高の●○、●○−△の型が見られる。これには個人差があり、また年齢が若いほどその割合が高くなる。これは現代共通語のアクセントの影響を受けているのではないかと考えられる。
 1類の共通語アクセントは○●、○●−▲である。これは高起式と低起式の区別のない垂井式アクセントである生野町などの●●、●●−▲と比べると、おそらく当地の人は同じアクセントである、と認識していると思う。そのため、1類はそのまま影響されずに残ることになる。一方、4類の●●、●●−▲は共通語アクセントの●○、●○−△とくらべ、明らかに異なった型であると認識される。大きな相違点は、生野町などのアクセントは無核であるのに対し、共通語アクセントは1拍目に核を持っていることである。無核の語彙が核のある共通語アクセントの影響を受け、核を持つようになりつつあるのではないかと考えられる。
 また、5類について、次の点を考慮に入れる必要がある。
<5類について考慮する点>
(1) 語彙による古いアクセントの名残
 先ほどあげた垂井式アクセントの地域で、神崎郡神崎町以外、5類は●○、●○−△であり、2類、3類と統合されている。しかし、「秋」という語については、○●、○●−△、●●、●●−△となるものも観察された。これも前述のごとく、現在以前の古いアクセントの名残と考えられる。
(2) 5類の語彙の中に2グループ
 神崎郡神崎町の5類は、2グループ観察された。1つは○●、○●−△、●●、●●−△の型であり、もう1つは2類、3類と統合された●○、●○−△の型である。最初の型を仮に5類A、後者を5類Bとする。5類Aには「秋」、「汗」、「雨」、「鮎」などがり、5類Bには「蜘蛛」、「声」、「猿」、「露」、「鶴」などがある。おそらく、もともとは5類Aの型であったものの中から5類Bが分かれたのであろう。
3 アクセントの歴史−兵庫県内からの考察
 やはり、多くの研究者による研究成果のように、兵庫県内では西脇市や小野市あたりのアクセントがもっとも伝統的で保守的な平安時代を匂わせているアクセントであると思う。それがある時期に、ひとつは現在京阪神で最も主流になっている京阪式アクセントに、またもうひとつは別の方向で、頭高型を除き、語の始まりが高く始まるのか、低く始まるのか、つまり高起式と低起式の区別を喪失した垂井式アクセントに変化し、更にアクセントの高く発話される拍が後退して東京式アクセントへと変化したのであろう。
 西脇市のアクセントをそのまま高起式と低起式の区別を喪失させると、1類と4類が統合され、◎●、◎●−▲となる。2類と3類は頭高のためそのまま●○、●○−△である。5類は◎●、◎●−△となる。これが純粋な垂井式アクセントであり、赤穂市、太子町などに見られるとのこと。類の統合は14/23/5である。私が実際に確認したものでは、神崎町がこれに最も近い。ただし、前述のように5類が特殊である。14/235B/5Aという統合となる。
 この純粋な垂井式アクセントの5類が、後に●○、●○−△と変化し、2類、3類と統合されたのが、私が観察したものでは生野町、宍粟郡、氷上郡などに見られるものである。京都府天田郡、福知山市、宮津市などもこの型であるとのこと。類の統合は14/235である。神崎町はここへ移る途中の段階なのかもしれない。
 朝来郡朝来町は、1/2345という型であるが、これはもともと乙種系アクセントであったものが逆方向、つまり甲種系アクセントに変化したものであるため、歴史的には新しいと考えられる。またこの型は、垂井式アクセントの地域の若い世代で増えている。甲種と乙種の両方が干渉し合った型といえるであろう。
4 時代とともに、高く発話される拍が後ろにずれる
 金田一春彦氏などによって提唱されているように、アクセントは時代とともに高く発話される拍が後ろにずれていく。金田一氏はその現象を「アクセントの山の後退の変化」と名づけられた。
 但馬も平安時代、あるいはそれ以前の時代には京阪式アクセントの地域であったと仮定し、現在のアクセントができるまでの変遷を考察してみる。
*平安時代の但馬は、もはや京阪式アクセントではなかったかもしれないが、ここでは便宜上「平安時代」としておく。
<アクセントの変遷>
2拍名詞1類
平安時代 過去のある時代 現 在
京阪式アクセント 垂井式アクセント 但馬式アクセント
●●
●●−▲
◎●
◎●−▲
◎●
◎●−▲
 垂井式アクセントの時代に、最初の拍が低く始まるか、高く始まるかが意味の弁別条件ではなくなったため、1拍目が●か○かが曖昧になった。現在の但馬式アクセントでも同じことがいえるが、1拍目を○で発話することがかなり多くみられる。
 アクセントの変化としては、2拍語は●●から○●に、3拍後は●●●から○●●に変化するのが一般的であるとのこと。
2拍名詞2類および3類
平安時代 過去のある時代 現 在
京阪式アクセント 垂井式アクセント 但馬式アクセント
●○
●○−△
●○
●○−△
◎●
◎●−△
 「過去のある時代」から「現在」へ移る時点で、「アクセントの山の後退の変化」が起きている。現在、1拍目は○であったり●であったりと揺れは多少あるものの、○の方が優勢である。
*これ以前の時代には、2類と3類が別々の型であった可能性もある。
2拍名詞4類
平安時代 過去のある時代 現 在
京阪式アクセント 垂井式アクセント 但馬式アクセント
○●
○●−▲
◎●
◎●−▲
●○
●○−△
 「過去のある時代」に、最初の拍が低く始まるか、高く始まるかが意味の弁別条件ではなくなったため、1拍目が●か○かが曖昧なった。高く発話する拍はこれ以上後ろへ移動することができないため、再び語頭へ移動した。また、その直前の時代に○○というように、低く平板に発話されていた時代があったかもしれない。
2拍名詞5類
平安時代 過去のある時代 現 在
京阪式アクセント 垂井式アクセント 但馬式アクセント
○●
○●−△
◎●
◎●−△
●○
●○−△
 「過去のある時代」に、最初の拍が低く始まるか、高く始まるかが意味の弁別条件ではなくなったため、1拍目が●か○かが曖昧なった。上記4類と同じ理由で高く発話する拍は語頭へ移動した。
<2拍名詞各類の歴史的変化−現在のアクセントから>
 左が保守的なアクセント、右へ行けば行くほど変化した新しいアクセント。◎は●となったり、○となったりするもの。
ア 甲種→乙種(→甲種)の変化
甲種
伝統的な京阪式
甲種
純粋な垂井式
甲種
変化した垂井式
乙種
但馬内の東京式
甲種
朝来町の垂井式
1類 ●●
●●−▲
◎●
◎●−▲
◎●
◎●−▲
◎●
◎●−▲
◎●
◎●−▲
2類 ●○
●○−△
●○
●○−△
●○
●○−△
◎●
◎●−△
●○
●○−△
3類 ●○
●○−△
●○
●○−△
●○
●○−△
◎●
◎●−△
●○
●○−△
4類 ○●
○●−▲
◎●
◎●−▲
◎●
◎●−▲
●○
●○−△
●○
●○−△
5類 ○●
○●−△
◎●
◎●−△
●○
●○−△
●○
●○−△
●○
●○−△
イ 甲種→甲種の変化
甲種
伝統的な京阪式
甲種
現代の京阪式
 上記アの表の変化と比べ、変化が少ない。2拍名詞の場合、4類の語に助詞「が」を付けた場合、○●が○○となり、助詞「が」のみが高く発話される。「遅上がり」といわれる現象である。
 いわゆる関西弁のアクセントは、伝統的なところを多く保持しているアクセントなのである。
1類 ●●
●●−▲
●●
●●−▲
2類 ●○
●○−△
●○
●○−△
3類 ●○
●○−△
●○
●○−△
4類 ○●
○●−▲
○●
○○−▲
5類 ○●
○●−△
○●
○●−△