町長室つれづれ

1997/9  No.1

聞き耳頭巾

久美浜町長 吉岡光義


ある日、数代前の町の助役だったかたが訪ねてこられた。
 「一言だけ申しておきたいことがあってきました。あなたも長いこと議員をやっておられたので、よく分かっておられると思いますが、喋り過ぎないこと、他人の話を聞くことが大切だと思います。慣れてくると、人の話を聞こうとせずに、自分の思いばかり言おうとしてくるものです」とだけ言って、スタコラさっさと帰られた。
 聞き耳頭巾と言う昔話を思い出した。タイを助けた人が竜宮に招待され、お礼に聞き耳頭巾をもらう話である。
 「この聞き耳頭巾と言うのは、これをかぶれば鳥でも獣でも、草でも木でも。生きているものの言葉は全部聞こえて、その意味が分かるという、それこそ便利調法なものなんです」(坪田譲治『日本むかしばなし』)。
 その人は、竜王から貰った聞き耳頭巾で、スズメの話を聞いて黄金石を手に入れたり、カラスの話を聞いて、殿様の一人娘の病気を治したりして、たいそう出世するストーリーである。
 大きな声はよく聞こえる。しかし、小さな声は耳に入りにくい。ましてや、声なき声は届かない。私に対する批判や悪口が聞こえてくる間は、安泰であると思っている。その声が聞こえなくなったときが、危険が迫っているときであろうと思っている。
 聞き耳頭巾を携えて町内を歩けば、声なき声や、小鳥や風の渡る音も聞くことができるだろう。
参道をわたる風に盛秋の気配が感ぜられ、稲穂がたわわに揺れ、季節が早く過ぎてゆく。


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