ゼニ儲けinケアンズ

さらば、デンジャラス,ジョーよ!
俺はここで働く。
正月に向けて、しばしここを住処とす。

4日
ケアンズ入港。
ビルなどの建物が見えるとやはり安心する。
バイクを下ろす、塩水をかぶり錆びだらけになっていた。
エンジンもかからない。最後はイグニッションキーの後ろからプスーと煙が出てきた。
プラグを見ると火花が飛んでいない。やはり塩水が原因か?
この港でジョーと別れた。もうおまえとは走らないといったからだ。
バイクを押して、店に持っていく、その間は近くの安宿に泊まることにする。
2ヶ月ぶりに屋根のある建物の中で寝る天井が遠くて変な感じ。
次の日珍しく、バイクが直っていた。イグニッションキーは新品に交換されていた。
145ドルもしたグェー!そして店の親父はこのままでは西に行けない、 エンジンがもうダメだという。

そうかなあそう言われてみれば、毎日乗っているから逆に音の変化に、鈍感になっているのかも、親父はピストン、カムチェーンもダメだという。かわいい自分のバイクだからこそ、ひいき目で見てしまっていたことはあるだろうなあ。
試しに2軒の店で見積もりとらしたら、やすい方で、1000ドル。今の全財産だ。
仕方ないオーストラリアに来てまで働きたくなかったが、背に腹は代えられない。
働き口はラーメン屋にした。理由は髪の毛を切らなくても良さそうなので、 そこで1ヶ月ちょいと働いて、修理代に回すつもり。
これからはただ飯だーウホホーイ!
僕がラーメン屋で働いている頃も、少しずつ周りは変化していた。
テレネを水没させたスイサンも、このケアンズのレストランで、働いた。
スイサンは今までの自由な生活から一変してサラリーマンのような生活にぼやくことしきりだ。
ある日タニアで一緒だった仁王ちゃんに偶然出会った。
彼はXJ750で1週間程で、シドニーからから上がってきた所だった。早い早すぎる。
すぐさま僕の安宿に引き込む。「なあー仁王ちゃん、金ある?かねーそうやろないやろ、ケアンズはいいでー金がむちゃくちゃ貯まるでーそんな急がんとゆっくり行こうや!急いで回ったらもったいないでー。
まっとりあえずダイビングのコースに入って、ゆっくり考えておいで、はい海パンと、水中めがね」
5日後仁王ちゃんはダイビングから帰ってきた。早速スイサンの入れ替えで、レストランのバーテンダーになった。
そしてまたもやタニアの仲間が上がってきた。ひとみちゃんだ。
彼女は看護婦さんでバスや列車で行く、正月エアーズロック組なのだ。
ケアンズにいる間、料理や裁縫といろいろしてもらい感謝。
スイサンは僕よりも早く、ケアンズを出た。
そして一つの事件が発生した。
同じ宿の日本人で車で回っている人が言うには、ダーウイン近くでバイクで大やけどした日本人が入院していて、それを偶然地元のラジオで聞き、たまたま同じ日本人なので、病院に見舞いに行ったそうだ。僕はその人の名前を聞いてびっくり。
タニアのゴトちゃんだったのだ。
今も入院していて、寂しがっているそうだ。
詳しいことは後になって分ったのだが、一人でダートを走っていて、深いブルダストで転倒、運悪く足がバイクの下敷きなり、そこから足が抜け出せず、火傷になり、ようやく足を抜きブーツを脱ぐと土踏まずが真っ白で、ヤバイと思い、近くの民家を探し、助けを求めたそうだ。
そこの人がセスナ機を持っていて、それで一番近くの病院へ行ったが、手当できないと言うことで、救急車に乗り、Mt、isaという町の病院で手術をして、今はもっと大きな町のタウンズヒルの病院で皮膚移植を何度もしているが、今ひとつ良好ではないということで、それから一ヶ月ほどして日本に帰ることになる。
ゴトちゃんは、足が治ればすぐ復帰すると言っていたそうなので、少し安心する。
そんな中、僕と仁王ちゃんはひたすらエアーズロックでの正月を目指して働き、 ひとみねーちゃんもケアンズからでる、バイクの後ろに乗って行こうと誘うが、友達の約束もあるので正月の再会を約束し、先に行ってしまった。
そしてまたタニアからバカが誕生した。
それは、ヒロヒトが(昭和天皇に似ていた)自転車で、シドニーからこっちに向かっているという。
タニアにいるときはおとなしくて、そんな事しそうな男ではなかった元私鉄の車掌なのに。
何日ヶ後、本当にこのくそ暑いケアンズに来た。それもメットかぶり自転車こいで。
「いやーまったく、疲れましたですよーハアー」とヒロヒトは言った。
笑いが止まらなかった。
ヒロヒトにもここにとどまり、一緒にエアーズロック行こうと呼び込み、引き留める。

12日

最後のタニアエアーズロックバカが到着。2週間でシドニーからGT550という、日本で言うGPZのようなバイクで、ここに到着。
バイク漫画”キリン”を崇拝する男、宮地。結局、僕、ひろひと、仁王、ミヤちゃんの4人のコマが揃ったわけだ。
僕の84年式DR600もパーフェクトに近いコンディションに戻っていた。
戻ると言うよりも、買ったときより良くなってきた。
エンジンのオーバーホールだけで、1260ドルと見積もりをオーバーしたが、仕方ない。交換部品を見てびっくり、67000キロ走行のエンジンは、ピストン、バルブステム、軸受けメタル傷だらけ。見たとき思わず「うわっ!」と言ってしまった。
バイクをバックパッカーに持って帰り、エンジン以外のメンテ。
ここから西側は、極端に町が少なくなるから、大体のことはしておかなくては。
タイヤはオンオフ兼用のダンロップ、チューブは一枚重ねて、ダブルチューブ。
スプロケ、チェーンも前後共入れ替え、ギアを見てびっくり山が風車のように波立っていた。ドライブシャフトのスプラインも、すり減って半分ぐらいになっていた。
歯数も4つほど減らして高速用にした。
ほかにも、ケープヨークでのダメージで、細かい部品をたくさん変えた。
いまでは、どこが何ミリのボルトか見なくてもわかり、完全に僕のバイクちゃんDR600なっていた。
シドニーから買ってすでに15200キロ走ったが、ひととうりの部品交換をしたと思う。
エアーズロックに向けての準備が整い、僕がぎりぎりまで仕事していたこともあり、出発予定は、クリスマスイブの24日になった。
ロックまで2500キロ、5日で行く予定だ。
今度の旅は日本人的というか、きっちり一日の目標を決めて、1日500キロのハイペース、いままでの行き当たりばったり、だらだらとは違います。
エアーズロックもどんな所か楽しみだし、なんだか新鮮な気分。
今回ミヤちゃんのGT、仁王ちゃんのXJ、僕のDR、それにヒロヒトは、自転車を処分して、GTの後ろに乗る。めざすは、この国のど真ん中にある大きな岩、そう西遊記みたいだ。
そしたら誰だ, ハッカイは。


つづく




元旦最北ページに戻る