方言と私
−方言に興味を持ったいきさつ−
兵庫県豊岡市
谷口 裕
言葉を意識し始める
私が方言に興味を持ったのは、大学生になって間もない頃のことであった。生まれ育った兵庫県豊岡市を一度も離れたことのなかった私が、名古屋市内の大学へ通うため、愛知県春日井市に下宿をした時のことである。
それまで自分の使っている言葉を意識したことがなかった。しかし故郷を離れ、周囲の友人たちや近所の人たちの使っている言葉、通学の列車の中の会話などを耳にしたり、また周囲から私の言葉についてさまざまな指摘を受けるようになり、気がつくと、方言というもの、また自分の使っている言葉というものを意識するようになった。
揖斐・長良川を境にした言葉の東西対立
大学が名古屋市内にあったため、そこには愛知県内、また近隣の三重県、岐阜県などから通学している学生が多かった。
最初に「おもしろい!」と思ったのは、愛知県在住の仲間たちと三重県在住の仲間たちとでは、言葉が全く異なっていることであった。名古屋市と三重県北部は距離的にも20qから50qとそれほど離れているわけでもない。
名古屋市在住の仲間たちは共通語風の「東京式アクセント」で話していた。また、断定の助動詞も「だ」であった。ところが三重県から来ている仲間たちは関西弁風の「京阪式アクセント」で話していた。断定の助動詞も「や」であった。しばらくして、その境界線は三重県長島町と桑名市の境を流れる「揖斐・長良川」であることを知った。ここが日本の方言の東西対立の場所である。
言葉における偶然(?)の一致
私の住む兵庫県豊岡市では、共通語の語尾である「〜だろう」を「〜だらー」と言う。ところが、愛知県東部の三河地方の仲間たちや静岡県から来ている仲間たちも、私と同様に「〜だらー」を使って話していたのである。「明日は図書館が休みだらー。」、「この喫茶店、気に入っただらー。」、「そうだらー。」などという具合にである。
また、名古屋市を中心とする、尾張地方の言葉の響きが、どことなく豊岡市の言葉の響きと似ているところを感じた。連母音が融合する「おみゃー(おまえ)」などの特徴には共通する部分がいくつかあった。共通語の「だから」を「だで」と言うのは共通であった。
言葉ではうまく説明ができないが、年輩層の人たちが話している言葉のイントネーションには、何とも言えない懐かしさを感じ取ることができた。抑揚といい、スピードといい、豊岡市と類似していると実感した。このことは、昔、京都の言葉が日本の言葉の中心と考えられていたことが理由なのかも知れない(?)。京都市からの距離が、それぞれほぼ同じであるからだ。
自分で話している言葉を指摘されて
大学に入った年、私は床屋で散髪をしてもらいながら、そこの従業員と雑談をしていた時のことである。
「お客さん、関西か四国の出身?言葉でわかるよ。」と言われた。私自身は共通語で話していたつもりであったのに、その人には私の言葉に関西なまりがあるように感じたそうだ。同じような経験は、大学での仲間やその他の場でも何度もあった。
私自身、関西なまりがあるとか、関西弁を話しているなどと意識したことがなかった。関西なまり、あるいは関西弁とは全く異なった言葉を話していると思っていた。しかし、愛知県より東部の人たち(東海地方、関東地方、東北地方)には、私の言葉にそういった面が感じられるらしい。どんな点かたずねたこともある。「今日の朝、はよう起きられへんなんだ。」などの「はよう」の部分、「それ、ほんまのこと?」の「ほんま」、「それでなあ」の「なあ」などの部分に感じられるらしい。これらのことは「なまり」というよりも「語彙」、あるいは「語法」であると思う。しかし、関西弁を話す最近の人たちは、テレビなど゙の影響で、なまりが共通語のアクセント(東京式アクセント)に近づきつつあり、人によっては私のようになっている傾向があるのかも知れない(?)。また、私のなまりには、アクセントではなく、イントネーションに関西弁っぽい特徴がいくらか見られるのかも知れない(?)。(このことは、方言というより、私の個人的な言葉の特徴なのかも知れない。(?))いずれにせよ、私ががんばって共通語で話そうとすると、東日本の人たちから「関西の人ですか?」とたずねられることがしばしばある。
しかし、本格的な京阪式アクセントの近畿方言や四国方言を話す仲間たちからは、当時私が話すのを聞いて、「標準語に近いなあ。兵庫県なのに関西なまりがない。」と言われるのであった。
このように考えてみると、私の話す言葉は方言としてはおもしろい位置にあるのかも知れない。