但馬の丁寧語

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1 但馬の二大丁寧語「なる」と「んさる」
 但馬方言は丁寧語が発達している。相手を思いやったり、相手に敬意を表す温かい但馬人の人柄が言葉ににじみ出ているのであろう。
 但馬方言の中の代表的な二大丁寧語は「ナサル系敬語」である「〜なる」と「〜んさる」である。同じ「ナサル系敬語」である上方方言の「〜はる」とあわせてその歴史的変遷を簡単に見てみると次のようになる。
<ナサル形敬語の変遷>
時 期 江戸時代1 江戸時代2 江戸時代3 江戸時代4から現在
但馬方言 なさる なはる なーる なる
なさる んさる
上方方言 なさる なはる やはる はる
 言葉の変遷順は上記の表の通りである。しかし、私の勉強した限りでは、それぞれの地域でそれぞれの語が江戸時代のどの時期に変化したかについてはっきりとしてないため、表の上段と下段とが時代において必ずしも一致しているとは限らないことをお断りしておく。
 但馬地方で現在「なる」と「んさる」が混在して用いられているが、それぞれのルーツをたどると「なさる」にたどりつく。
 「なる」については、但馬地方のほとんどの地域で日常的に子どもから老人まで幅広く用いられている。「んさる」については、豊岡市、城崎郡、出石郡、養父郡で用いられている。最近の傾向としては、「なる」の勢力の方が大きく、「んさる」は若年層の間では、用いられる頻度が少なくなりつつある。しかし、全体的に見ると「んさる」も盛んであり、但馬らしい味を持つ言葉である。
 「んさる」については、鳥取方言に続くものであるが、但馬北西端に位置する浜坂町と温泉町(一部の地域を除く)。)で用いられてないことが興味深い。言葉の伝播経路を考える上において意味のあることであろう。
 また、なぜ尊敬を表す助動詞の「なる」と「んさる」が二大勢力として、その両者が仲良く混在して用いられているのであろうか。考察の余地がある。
2 丁寧語の用法および用例
 但馬地方で用いられている、それぞれの丁寧語について、用法を解説するとともに、用例を提示してみる。
a.「動詞+なる」 b.「動詞+んさる」 c.「動詞+なはる」 d.「動詞+まひょう」
e.「〜でひょう」 f.「…、あんたー」 g.「動詞+んちゃる」1 h.「動詞+ちゃった」
i.「動詞+てや」 j.「動詞+んはる」 k.「動詞+んちゃる」2
         

a.「動詞+なる」(〜される)「〜なさる」から派生したと思われる助動詞
<例1>「〜なる」の用例
肯定文(現在)
肯定文(過去)
「Aさんは音楽を聴きなる。」(聴かれる)
「Aさんは音楽を聴きなった。」(聴かれた)
疑問文(現在)
疑問文(過去)
「Aさんは音楽を聴きなるんか。」(聴かれるの)
「Aさんは音楽を聴きなったんか。」(聴かれたの)
否定文(現在)
否定文(過去)
「Aさんは音楽を聴きなれへん。」(聴かれない)
「Aさんは音楽を聴きなれへんなんだ。」(聴かれなかった)
進行形肯定文(現在)
進行形肯定文(過去)
「Aさんは音楽を聴いとんなる。」(聴かれている)
「Aさんは音楽を聴いとんなった。」(聴かれていた)
進行形疑問文(現在)
進行形疑問文(過去)
「Aさんは音楽を聴いとんなるんか。」(聴かれているの)
「Aさんは音楽を聴いとんなったんか。」(聴かれていたの)
進行形否定文(現在)
進行形否定文(過去)
「Aさんは音楽を聴いとんなれへん。」(聴いておられない)
「Aさんは音楽を聴いとんなれへんなんだ。」(聴かれておられなかった)
 相手に動作などを命令したり、勧めたりする場合は「動詞+ねー」の形を用い、語感をやわらげる。ただしこの「〜ねー」という用法は、「〜なる」という丁寧語から派生しているかどうかは何とも言えない。ただ、私個人としては、同じレベルの言葉として使っている。
<例2>命令・勧誘表現「動詞+ねー」(〜して、〜したら)の用例
命令・勧誘 「音楽を聴きねー。」(聴いて、聴いたら)

b.「動詞+んさる」(〜される)「〜なさる」から派生したと思われる助動詞
<例3>「〜んさる」の用例
肯定文(現在)
肯定文(過去)
「Bさんはワープロを打ちんさる。」(打たれる)
「Bさんはワープロを打ちんさった。」(打たれた)
疑問文(現在)
疑問文(過去)
「Bさんはワープロを打ちんさるんか。」(打たれるの)
「Bさんはワープロを打ちんさったんか。」(打たれたの)
否定文(現在)
否定文(過去)
「Bさんはワープロを打ちんされへん。」(打たれない)
「Bさんはワープロを打ちんされへんなんだ。」(打たれなかった)
進行形肯定文(現在)
進行形肯定文(過去)
「Bさんはワープロを打っとんさる。」(打たれている)
「Bさんはワープロを打っとんさった。」(打たれていた)
進行形疑問文(現在)
進行形疑問文(過去)
「Bさんはワープロを打っとんさるんか。」(打たれているの)
「Bさんはワープロを打っとんさったんか。」(打たれていたの)
進行形否定文(現在)
進行形否定文(過去)
「Bさんはワープロを打っとんされへん。」(打っておられない)
「Bさんはワープロを打っとんされへんなんだ。」(打っておられなかった)
 相手に動作などを命令したり、勧めたりする場合は「動詞+んせー」の形を用い、語感をやわらげる。

<例4>命令・勧誘表現「動詞+んせー」(〜して、〜したら)の用例
命令・勧誘 「このワープロで打ちんせー。」(打って、打ったら)
a.「〜なる」、b.「〜んさる」の微妙な語感
 「〜なる」、「〜んさる」という語は、相手に対して敬意を表す丁寧語である。しかし、共通語の「〜される」とくらべると、より頻繁に使われる傾向がある。親しい友人の間で、職場の同僚の間で、家族の間など日常生活のあらゆる場面で使われる。人と人との生活の中で、それをより円滑に行うことができるようなはたらきをもつ、潤滑油のようなものなのかも知れない。
 そういう観点から考えると、共通語の「〜される」とはイコールにはならない。いずれにせよ、但馬方言は敬語が発達している方言であるといえるであろう。
 

c.「動詞+なはる」(〜される)「〜なさる」から派生したと思われる助動詞
 「〜なる」、「〜んさる」に加え、「〜なはる」という上方風の敬語助動詞もある。しかし、この表現は年輩層の一部に限られる。私自身がこの表現を実際によく耳にしたのは、幼い頃のことである。今は亡き祖母や近所の老人の方々(すべて明治生まれ)が話されていたことを記憶している。
 私の記憶では、「命令・勧誘」の「〜なはれ」の形で使われていたものが多かったように思う。
<例5>「〜なはる」の用例−−−私の記憶をたどったもの
一般的用法 「何しとんなはる。」(しておられますか)
一般的用法 「今日はどこへ行っとんなはった。」(行っておられたのですか)
一般的用法 「元気にしとんなはりますけーな。」(しておられますでしょうか)
命令・勧誘 「ちょっとどいておくんなはれ。」(のけていただけますかな)
命令・勧誘 「まあ、ちょっとあがんなはれ。」((家の中に)あがってくださいますかな)
命令・勧誘 「怪我したらあかんでそんなことやめときなはれ。」(やめられてはどうでしょうかな)
命令・勧誘 「日が暮れたではよう家に帰んなはれ。」(帰られたらどうでしょうかな)
私の主観から
 「〜なはる」、「〜なはれ」という言葉を思い起こすと、今は亡き老人の方々の笑顔と優しさがよみがえってくる。私にとってはそんなニュアンスのある言葉である。

d.「動詞+まひょう」(〜しましょう)
 共通語で「〜しましょう」にあたる丁寧語が、「〜しまひょう」となることがある。大変やわらかく感じられる表現である。
 なお、現代ではどちらかというと年輩層によって使われる表現である。
<例6>「〜まひょう」の用例
勧誘 「いっしょに街に行きまひょう。」(行きましょう)
勧誘 「日陰に行って座りまひょう。(座りましょう)
自発 「うちの庭にきれいな花がよーけ咲いとるで、見て来まひょう。((あなたのために)見て(取って)来ましょう)
自発 「私は機械を直すの得意だで、その自転車直してあげまひょう。(直してあげましょう)

e.「〜でひょう」(〜でしょう)
 上記dと同じ類の音韻変化である。「推量」の意味でよく用いられる。大変やわらかく感じられる表現である。
<例7>「〜でひょう」の用例
推量 「西の空があかいで、明日も晴れるでひょうなあ。(晴れるでしょうねえ)
推量 「西田さん地区の運動会でよう走っとんさったで、疲れとんさるでひょうで。(つかれておられるでしょうね)

f.「…、あんたー」(…、ねえあなた)
 言葉の最後に「あんたー」を付けて相手を呼びかけることにより、相手に敬意を表すとともに、語感をやわらかいものにする。/あん/を低いピッチで発音し、/た/で高いピッチとなり、語尾は再び低いピッチとなる。
 現代では、年輩層によってのみ使われる。
<例8>「…、あんたー」の用例
「あんたんとこのお孫さん、ええわけー衆になんなったなー。」−−−「へえ、おおきに、あんたー。」
「ええ服着て、今日はどこ行きなるんです。」−−−「神戸におる息子のとこまでです、あんたー。」
「今日はええ天気になりましたなあ、あんたー。」−−−「ほんまですがな、あんたー。」
 相手に念を押したり、納得させようとする気持を表す間投助詞に「〜なあ」がある。この助詞のすぐあとに「あんた(ー)」を付けて、「〜なああんた(−)」の形になることがよくある。
<例9>「〜なああんた(−)」の用例
今日暑ーてなああんた、一日中冷房かけとりましたんだ。
ほんでなああんた、浜辺で弁当たべよったらなああんた、にわか雨が降りましたんだで。
きのうからなああんた、風邪ひいてわやですわ。−−−そりゃ大変ですなああんた。大事にしんせえ。
 先日、NHK教育テレビの「ふるさと日本のことば」という番組を見ていると、山口県の方言で「のんた」というものが紹介されていた。それと「あんたー」は同じはたらきのある表現であると思う。両者とも、人情味あふれる温かいふるさとの言葉である。

g.「動詞+んちゃる」1(〜される)−−−幼児に対する丁寧語
 「〜なる」、「〜んさる」が但馬地方の敬語表現の代表であると言ってもよいと思う。それらの幼児語版が「〜んちゃる」である。大人が幼児に向かって、幼児が大人に向かって、また、幼児どうしの会話の中で使われる。
 「(現在・過去)肯定・疑問・否定形」、「(現在・過去)進行形」、「命令形」など様々な形で使われるが
、その中でも「命令・勧誘形」で使われる場面が多い。幼児のしつけの場面でよく用いられる。
<例10>「〜んちゃる」1の用例
一般用法 お母ちゃん、今日は良子ちゃんがうちげに遊びに来んちゃる。(来られる)
一般用法 健ちゃんげに遊びに行ったとき、テレビを見とんちゃった。(見ておられた)
命令・勧誘 手が汚れとるで、きれいに洗ってきんちぇー。(洗ってきなさい、洗ってきたら)
命令・勧誘 おもしろい番組やっとるしけー、ここに座ってテレビを見んちぇー。(見なさい、見てはどう)
命令・勧誘 脱いだ自分の服は、自分でたたみんちぇーな。(たたみなさいよ)
命令・勧誘 道路を渡るときは、右と左をしっかりと見てから渡りんちぇーよ。(渡りなさいよ)

h.「動詞+ちゃった」(〜された)−−−「てや系敬語」から派生した丁寧語
 但馬地方の大部分は「なさる系敬語」を用いるが、播磨地方と隣接した生野町、またその北隣の朝来町では「てや系敬語」も用いられる。朝来町においては、「なさる系敬語」の「〜なる」も併用されるが、生野町は「てや系敬語」の地域である。
 「〜ちゃった」という表現は、「〜された」という尊敬の意味で使われる。但馬地方南端の代表的な表現であると思う。播磨北部、丹波北部、京都府中丹地方(夜久野町、福知山市、綾部市、舞鶴市など)へと続く表現である。
<例11>「〜ちゃった」の用例
先生が来ちゃったで。(来られたよ)
みんなは、もう寝ちゃったんかな。(寝てしまわれたのかな)
きのう、先生が言う(ゆう)ちゃったやんか。(言われたじゃないか)
 なお、この用例は、生野町出身の知り合いに作っていただいたものである。
 朝来郡生野町と朝来町の言葉については、播磨地方との関わりが強く、アクセント、音韻などさまざまな点で上方的な特徴が多い。近畿方言と中国方言の境界地域であるといえる。私にとっては大変興味深い言葉である。

i.「動詞+てや」(〜される)−−−てや系敬語
 播磨地方と接する朝来郡生野町で使われている敬語表現である。上記「h.『動詞+ちゃった』」が「〜された」という過去を表すのに対して、こちらは「〜される」という現在を表す。神戸市東灘区以西から播磨地方などで広く使われている表現である。
<例12>「〜てや」の用例
先生が、言う(ゆう)てや。(言われる)
それは、お客さんが食べてや。(食べられる)
*それは、お客さんが食べとってや。(食べておられるよ)
* 「〜しとってや」の形で、「〜されているよ」と動作の進行を表すとのことである。
 なお、この用例は、生野町出身の知り合いに作っていただいたものである。

j.「動詞+んはる」(〜される)−−−「〜んさる」と「〜はる」の複合形
 この表現は「〜んさる」(〜される)と京都や大阪で使用されている「〜はる」の複合形と思われる。もともと但馬にあった「〜んさる」が上方言葉の「〜はる」の影響を受けてできたものと考えられる。おもに中高年の女性に見られる表現である。
<例13>「〜んはる」の用例
大阪に行っとんさる息子さん、何しとんはる。(何をされているの)
7時の汽車に乗りんはるんだったら、6時半頃ここを出んはったら間に合うで。(乗られるんっだったら、…出られたら)
*お帰りんせえ。どこ行っとんはったん。(どこへ行っておられたの)
*過去を表す場合は「〜んはった」(〜された)となる。

k.「動詞+んちゃる」2(〜される)−−−出石郡出石町の場合
 gの「幼児に対する丁寧語」と同じ表現である。豊岡市では、この表現はどちらかというと大人が幼児に向かって用いる場合が多いのであるが、出石郡出石町においては、子ども、大人など年齢の区別なくこの表現が用いられる。特に女性がこの表現を使おうとする。
<例14>「動詞+んちゃる」2の用例
肯定文 踊りを踊んちゃる。(踊られる)
疑問文 踊りを踊んちゃるんか。(踊られるの)
否定文 踊りを踊んちゃれへん。(踊られない)
命令 踊りを踊んちゃー。(踊りになって)
勧誘 踊りを踊んちゃーな。(踊られたら)
奈緒子ちゃんは上手に踊んちゃるでー、あんたも一緒に踊んちゃーな。遊ばなあけへん。(踊られるから、…踊られたら)
しとんちゃる。(何されてるの)
ビール飲みんちゃー飲んどんちゃるか。(お飲みになって。飲んでおられるの)−−−飲んどるっちゃ。
 上記の例文は、メールで教えていただいたものをもとに作成した。
 豊岡市では「幼児に対して」、出石町では「年齢にかかわらず」という区別は、あくまで大まかなものであり、実際には個人によって使う場面やニュアンスはさまざまである。豊岡市で生まれ育った人でも、相手の年齢にかかわらず「〜んちゃる」などと言う人も見られる。相手から「〜んちゃるか」、「〜んちぇー」、「〜んちゃー」などと言われると、私自身は相手に対して大きな親近感を感じる。思わずにっこりと微笑んでしまう。

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